退廃的マジカルタイム
もしも魔法使いがいたら貴方はどんなお願いごとをしますか──?
小さな部屋に二人きり。私と彼は殺風景にすら思えるほとんど物のない部屋で立ちつくしていた。
こんな部屋があるんですね、とのんびり感想を零した彼に私の緊張は伝わっていやしないだろうか。心臓が妙に高鳴り、ぎゅっと固く握りしめた拳は少し汗をかいている。カラカラになった口内を湿らすものはなく、私は乾いた喉から絞り出すように“お願い”をした。
“貴方の全部を下さい”、と。
「全部、ですか?」
こちらの言葉をただくり返し、まるで単純な質問のように彼は首を傾げた。しかしすぐにクスリと小さな笑みを零しては、その指をおのれのくちびるに添わせる。
「貪欲ですね、貴方も。」
言葉も笑みも穏やかなのに、その仕草があんまりにも色を秘めていて思わずこちらの頬が熱をもつ。
「いいですよ。俺でよければ欲しいだけどうぞ。」
その微笑みは許しだ。それはいっそ残酷なほどにお互いを鑑みない許し。
請うままにくちびるを寄せれば伝わるやわらかな感触。飽きるほどに、そう言いながら片時も飽きることなく私は彼にくちづけをする。彼はただ流されて、受け入れて……ただそれだけだ。そこに愛はあるのかと問われれば、一方通行のただ重たい感情があるだけ。
私は彼を愛していて、愛しているばかりにいっそ全部食べてしまいたくなるような、そんな思いを抱えている。
だからと言って方や彼はアイドルだ。そんな人に何を出来るというのか。反語的に問いかけながらも、私は彼の来ていた白いワイシャツのボタンを緩やかに外し始めた。
跡は残せないからただ触れるだけ。ただ私が触れて、それで終わり。
「恋人」なんて甘い関係でも「他人」と呼べるほどの冷たい関係でも無かった私達はもう身動きが取れなくなっていたのだ。
彼は何をしても変わらず微笑みをくれた。でも、それだけだった。
言ってはいけない。
そんなふうに固く心の奥に閉ざしたある一片の思いは簡単に解けて言の葉になる。
「……虚しい」
ボロボロと止まることなく流れ落ちる涙はまるで雨のように彼をも濡らした。自分がくちづけた唇も自分が乱した白いワイシャツも全部全部自分のもののように扱ったのに、どうしても彼は自分のモノになってくれない。
「好きなだけ、俺のことはあげますよ。」なんて優しげな微笑みで吐かしておいて、言葉尻を捉えたただの言葉遊びを始めようだなんて狡い。
ねぇ貴方のことはいくらだってくれるのに、貴方の心はいつだって手に入らないのね。
そんな言葉は声にならずに胸の内で何度も反響して消えていく。彼の肩に置いた手は震え、ぱたぱたと落ちる涙の感触がようやく自身の心に届く。
飽きるほどのくちづけを頂戴。貴方からくれるものなら何だって嬉しいのだから。
何もかも差し出しておきながら肝心なものは何もくれないあの人は柔らかな微笑みを浮かべるだけだった。
小さな部屋に二人きり。私と彼は殺風景にすら思えるほとんど物のない部屋で立ちつくしていた。
こんな部屋があるんですね、とのんびり感想を零した彼に私の緊張は伝わっていやしないだろうか。心臓が妙に高鳴り、ぎゅっと固く握りしめた拳は少し汗をかいている。カラカラになった口内を湿らすものはなく、私は乾いた喉から絞り出すように“お願い”をした。
“貴方の全部を下さい”、と。
「全部、ですか?」
こちらの言葉をただくり返し、まるで単純な質問のように彼は首を傾げた。しかしすぐにクスリと小さな笑みを零しては、その指をおのれのくちびるに添わせる。
「貪欲ですね、貴方も。」
言葉も笑みも穏やかなのに、その仕草があんまりにも色を秘めていて思わずこちらの頬が熱をもつ。
「いいですよ。俺でよければ欲しいだけどうぞ。」
その微笑みは許しだ。それはいっそ残酷なほどにお互いを鑑みない許し。
請うままにくちびるを寄せれば伝わるやわらかな感触。飽きるほどに、そう言いながら片時も飽きることなく私は彼にくちづけをする。彼はただ流されて、受け入れて……ただそれだけだ。そこに愛はあるのかと問われれば、一方通行のただ重たい感情があるだけ。
私は彼を愛していて、愛しているばかりにいっそ全部食べてしまいたくなるような、そんな思いを抱えている。
だからと言って方や彼はアイドルだ。そんな人に何を出来るというのか。反語的に問いかけながらも、私は彼の来ていた白いワイシャツのボタンを緩やかに外し始めた。
跡は残せないからただ触れるだけ。ただ私が触れて、それで終わり。
「恋人」なんて甘い関係でも「他人」と呼べるほどの冷たい関係でも無かった私達はもう身動きが取れなくなっていたのだ。
彼は何をしても変わらず微笑みをくれた。でも、それだけだった。
言ってはいけない。
そんなふうに固く心の奥に閉ざしたある一片の思いは簡単に解けて言の葉になる。
「……虚しい」
ボロボロと止まることなく流れ落ちる涙はまるで雨のように彼をも濡らした。自分がくちづけた唇も自分が乱した白いワイシャツも全部全部自分のもののように扱ったのに、どうしても彼は自分のモノになってくれない。
「好きなだけ、俺のことはあげますよ。」なんて優しげな微笑みで吐かしておいて、言葉尻を捉えたただの言葉遊びを始めようだなんて狡い。
ねぇ貴方のことはいくらだってくれるのに、貴方の心はいつだって手に入らないのね。
そんな言葉は声にならずに胸の内で何度も反響して消えていく。彼の肩に置いた手は震え、ぱたぱたと落ちる涙の感触がようやく自身の心に届く。
飽きるほどのくちづけを頂戴。貴方からくれるものなら何だって嬉しいのだから。
何もかも差し出しておきながら肝心なものは何もくれないあの人は柔らかな微笑みを浮かべるだけだった。