drop drop drop
あめが降ってきた。
文字通り、飴が。
言葉遊びのようなことが本当に起きるのだと、その日は思った。
⿴⿻⿸
もうこんな時間か。
明かりを付けていない部屋が夕焼け色に染まり、時間の流れと季節の移ろいを感じる。
今日は終わっていない仕事を片付けようと、部屋に閉じこもっていたのだが如何せん進捗はあまり宜しくない。床に座り込み、資料を辺りに広げてあぁでもないこうでもないと思案すること数時間。数日中に終わらせなければいけないのだが、どうしても終わらずに頭を抱えるばかり。
すると、不意にほんの少し視界が暗くなった。どうやら真後ろに誰かが立っているようだ。
そっと顔を上げると、不意に溢れんばかりの飴玉が降り注いだ。
ぱらぱら、カツンカツン。小さな音を立てて、色とりどりの飴玉が床に散らばる。使い込まれたフローリングに数多広がる甘露の星々。
こんなことをする人なんて、一人しか思い当たらない。
少しくらいは注意しておかなくては、と呆れたように肩を竦めながらくるりと後ろに振り向いた。
「……もう、食べ物で遊んじゃいけませんよ。月永さ……っ」
言葉は宙を舞い、儚く散らばる。触れた唇に声は簡単に封じ込められて、飴玉のように溶けた。
見開いた目に映るのは、輝きを秘めたエメラルドの瞳。どこか楽しげに、そして甘やかに細められたその目に見つめられれば、きゅっと胸が締めつけられるように苦しくなった。
優しいだけの口づけにさえ翻弄されて、息さえ止まりそうなこちらの様子に気がついたのだろう。小さなリップ音と共に、彼はそっと距離をとる。
束の間の休息。さっきの続きの話をしようと口を開けば、頬に添えられていた彼の手がするりと滑り、床に散らばった飴玉を一粒手に取った。
存外繊細に指先で摘まれた一粒の甘露。それはぴょんとはねる彼の髪のような、こっくりと深い夕陽の色をしている。
透明なフィルムに包まれた飴玉を夕日に透かして眺める彼の横顔は先程とは打って変わって幼い子どものよう。飴玉も彼の瞳も宝石のように静かに秘められた輝きを宿していた。
あまりにも静かで美しい光景に、その静謐を保つことだけが私の使命であるかのようにさえ思える。
などと少々空想じみたことを考えていると、カラカラと小さな音が聞こえる。どうやら彼が先程手にした飴玉を口に含んでいるらしい。
「……何味なんですか、それ」
小さな興味本位で尋ねてみれば、彼は大変難しそうな顔をして何味だろうなぁと空に放る方に呟いた。むむむ、と唸る彼にもういいですよと告げようとした瞬間、ぱぁっと彼の表情が明るくなる。
「いいこと思いついた!」
そう言って、彼は幼い子どものようにきらきらした光を湛えた瞳でこちらを見つめる。そっと伸ばされた腕に引き寄せられ、気付けば距離はゼロに等しくなっていた。
カラン。
合わせられた唇を割って、ねじ込まれた飴玉。
既に彼の舌でゆっくりと溶かされていたそれは、ぬるく甘く、遅効性の毒のようにじわじわとこちらを蝕むかのよう。
しっかりと支えるように後頭部に添えられた手が思いのほか大きいことも、エメラルド色の瞳が獣のようにぎらついていることも、気がついてしまえば全てが毒だった。
絡んだ舌、水音、いつもより甘い唾液。行き場のない熱から空をさまよった手は、一回り大きな彼の手に包まれ、余計に心臓が跳ねた。
もう口の中に飴玉は残っていない。それでもこちらを惑わせ、翻弄させるその眼に負けて口付けは終わらなかった。
とうとうぷつりと銀糸が途切れ、離れた隙に息を吐く。
「何味か分かったか?」
満面の笑みでそう尋ねかける彼に、私は真っ赤な顔を隠すように背を向けてうずくまるほかなかったのだった。
文字通り、飴が。
言葉遊びのようなことが本当に起きるのだと、その日は思った。
⿴⿻⿸
もうこんな時間か。
明かりを付けていない部屋が夕焼け色に染まり、時間の流れと季節の移ろいを感じる。
今日は終わっていない仕事を片付けようと、部屋に閉じこもっていたのだが如何せん進捗はあまり宜しくない。床に座り込み、資料を辺りに広げてあぁでもないこうでもないと思案すること数時間。数日中に終わらせなければいけないのだが、どうしても終わらずに頭を抱えるばかり。
すると、不意にほんの少し視界が暗くなった。どうやら真後ろに誰かが立っているようだ。
そっと顔を上げると、不意に溢れんばかりの飴玉が降り注いだ。
ぱらぱら、カツンカツン。小さな音を立てて、色とりどりの飴玉が床に散らばる。使い込まれたフローリングに数多広がる甘露の星々。
こんなことをする人なんて、一人しか思い当たらない。
少しくらいは注意しておかなくては、と呆れたように肩を竦めながらくるりと後ろに振り向いた。
「……もう、食べ物で遊んじゃいけませんよ。月永さ……っ」
言葉は宙を舞い、儚く散らばる。触れた唇に声は簡単に封じ込められて、飴玉のように溶けた。
見開いた目に映るのは、輝きを秘めたエメラルドの瞳。どこか楽しげに、そして甘やかに細められたその目に見つめられれば、きゅっと胸が締めつけられるように苦しくなった。
優しいだけの口づけにさえ翻弄されて、息さえ止まりそうなこちらの様子に気がついたのだろう。小さなリップ音と共に、彼はそっと距離をとる。
束の間の休息。さっきの続きの話をしようと口を開けば、頬に添えられていた彼の手がするりと滑り、床に散らばった飴玉を一粒手に取った。
存外繊細に指先で摘まれた一粒の甘露。それはぴょんとはねる彼の髪のような、こっくりと深い夕陽の色をしている。
透明なフィルムに包まれた飴玉を夕日に透かして眺める彼の横顔は先程とは打って変わって幼い子どものよう。飴玉も彼の瞳も宝石のように静かに秘められた輝きを宿していた。
あまりにも静かで美しい光景に、その静謐を保つことだけが私の使命であるかのようにさえ思える。
などと少々空想じみたことを考えていると、カラカラと小さな音が聞こえる。どうやら彼が先程手にした飴玉を口に含んでいるらしい。
「……何味なんですか、それ」
小さな興味本位で尋ねてみれば、彼は大変難しそうな顔をして何味だろうなぁと空に放る方に呟いた。むむむ、と唸る彼にもういいですよと告げようとした瞬間、ぱぁっと彼の表情が明るくなる。
「いいこと思いついた!」
そう言って、彼は幼い子どものようにきらきらした光を湛えた瞳でこちらを見つめる。そっと伸ばされた腕に引き寄せられ、気付けば距離はゼロに等しくなっていた。
カラン。
合わせられた唇を割って、ねじ込まれた飴玉。
既に彼の舌でゆっくりと溶かされていたそれは、ぬるく甘く、遅効性の毒のようにじわじわとこちらを蝕むかのよう。
しっかりと支えるように後頭部に添えられた手が思いのほか大きいことも、エメラルド色の瞳が獣のようにぎらついていることも、気がついてしまえば全てが毒だった。
絡んだ舌、水音、いつもより甘い唾液。行き場のない熱から空をさまよった手は、一回り大きな彼の手に包まれ、余計に心臓が跳ねた。
もう口の中に飴玉は残っていない。それでもこちらを惑わせ、翻弄させるその眼に負けて口付けは終わらなかった。
とうとうぷつりと銀糸が途切れ、離れた隙に息を吐く。
「何味か分かったか?」
満面の笑みでそう尋ねかける彼に、私は真っ赤な顔を隠すように背を向けてうずくまるほかなかったのだった。