「疲れた……」

机に上体をぺたりとつけ、とうの昔に傾いた夕日にじりじりと背を焼かれながら私はぐったりと嘆息した。
締切の重なった提出物に、ハードな内容の授業。勉学は学生の本分とはいえ、いくらなんでも今日ばかりは疲れてしまう。
汗で軽く湿った髪とワイシャツもそのままに、はぁとため息を吐くと机の横にかけた鞄に手を伸ばす。
もうしばらくすれば日が沈んでしまう。暗くなる前に帰らなくては。
重い体に鞭を打ち、のろのろと帰る準備をしていると誰もいないはずの教室に自分以外の足音が響いた。
驚いて扉の方に目を向けると、そこにいたのは同じように驚いた顔をしている敬人。手元に鍵の束を持っていることから、どうやら教室の戸締りに来たのだと伺える。

「名前、まだいたのか。」
驚き半分、ほんの少し咎めるような声音半分で零した彼の声にすら妙に嬉しさがこみ上げる。
「今から帰るのか?」
私が持つ鞄を見やると、彼は形の良い眉を片方だけピクリと上げた。
彼の言葉に私がコクリと頷くと、彼は手の中の鍵をシャランと鳴らしてたちまち戸締りを終えてしまう。
「少し待っていろ。送っていく。」
こちらの返事も待たずにそう言い残すと、彼は教室から去っていってしまった。

呆気に取られて私がぽかんとしているうちに、彼は諸々の支度を終えると再び教室まで戻ってきた。
待たせたな、と言うが大してこちらは待っていないので何と言うべきかと思いながら、少しだけ視線の高い彼の顔をそっと見つめる。
艶やかな深碧の髪、レンズ越しの緑碧玉。流石アイドル、いつ見ても綺麗な顔をしているな、と妙に感心していると、彼の目元にそっと影が差していることに気がついた。
昼夜生徒会の業務やアイドルとしてのレッスンなど、今年になって輪をかけて忙しなく働いている彼の目元には薄らと隈が出来ている。
いくら自分も今日は疲れていたとはいえ、彼に比べれば大したことでもないなと思い、緩んだ背筋をそっと伸ばした。

「どうした、何かあったか?」

訝しげにこちらを覗き込み、そう尋ねかける彼の頭をくしゃくしゃに撫で回すと彼はその綺麗な瞳をまん丸にした。そしてようやく自分が今何をされているのか気がついた彼はほんの少し顔をしかめると、やめろ、と存外優しく宣った。

ほんの少し彼の耳が赤くなっているのに、私だけが気づいている。
小さな優越感にふふんと鼻歌を歌えば、仕返しのように頭をわしゃわしゃと撫でる手が遠慮なく伸ばされた。

夕日に溶けてしまいそうな青春の色を固めたじゃれ合いが何故か妙に楽しくて、私は声を上げて笑った。