「はすみー」
「何だ」
「テスト勉強がめんどくさいです」
「テストは明日だぞ」
「……分かってるけどさぁ」

そう言って私はぐでんと顎を机に載せ、諦めたように教科書を閉じる。目の前でサラサラとペンを動かす彼は憎らしいほど涼し気な顔をしていた。
積み上げられた課題、空白だらけのテキスト、解き方のわからない問題たち。
どれもこれも嫌気がさして、深く重いため息を吐く。
重い吐息が空気に溶けていくのをぼんやりと眺めていると、ふいに彼がガタンと席を立った。

「……仕方ない」
いいものをやるからいい子で待っていろ。

くしゃりと軽く撫でられた髪がはらりと舞う。
突然のことに目をぱちぱちとさせるが、もう既に彼は部屋を出てしまっていた。

「待たせたな」

そう言って部屋に戻ってきた彼が手に持っていたのは、湯気の立つ二つの湯呑みがのった丸いお盆。
弓道の所作や日頃からの行動で身についていたのであろう。丁寧に膝をつき、お盆を机に置く無駄のない所作はたいそう美しかった。

ほら、と手渡された湯呑みを受け取り両手で包むように持つと、ほのかに立ち上る梅の香り。一口飲むとやさしい塩の風味と梅の香りが柔らかに広がる。

「梅昆布茶だ……」

呆気に取られて何度となく瞬きをしながら、未だ中身がたっぷりと入った湯呑みをぼんやりと見つめる。

「気分転換も必要だろう。これを飲んだら再開するぞ」

軽く目を閉じて何でもないように湯呑みをすするその姿に、私はなんだか可笑しくなってしまった。
くすくすと笑い声がこぼれ、彼は怪訝そうな顔でこちらを見る。

「何だ」
「いや……だって梅昆布茶ってところが……なんか、ぽいなぁ……と……」

一人でに笑いのツボに入ってしまい、息も絶え絶えにそう告げれば彼は眉間のシワをより一層深くした。

「……度し難い」

教えてやるから早く飲め。

梅の香りといつもより甘い彼の声が私の記憶にいつまでも残り続けたのだった。