口福と夕暮れ
私の涙の貯蔵庫はあまり容量が大きくないらしい。
知らぬ間に頬を伝っていた涙に気づいた私は、畳まれたふかふかのタオルを手に取り、そっと顔を埋めた。
ジェットコースターのように急上昇と急降下を繰り返す私の精神はすぐに涙腺を刺激してしまう。急な弾みで蛇口が緩んだようにぽたりぽたりと涙が零れる。
どうして泣いているのか、何が悲しいのか。なんて、そんなことは分からない。分からないけれどただ涙が止まらないだけなのだ。
初めて彼がこうなった私を見た時、いつも動じない彼は珍しく少し慌てて、「どうした?」「何があった?」とタオルを片手に何度も尋ねた。そっとタオルで目元を拭われ、柔らかな言葉が降り注げば降り注ぐほど、私の涙は止まらなくなってしまう。説明しようと開いた口からは声の代わりに嗚咽が漏れ、言葉にすらならない。
あぁどうしてこうなのか。自分自身に疑問と苛立ちを抱えながらも、やっぱり流れる涙は止まることを知らなかった。
少し落ち着いて何度もしゃくりあげながら、「何でもない」「ただ涙が出るだけ」と告げると彼は眉尻を下げ、心配そうな顔をした。
何度聞かれても説明のしようがない上に、何故か優しい言葉をかけられればその分涙が零れてしまう。
たどたどしくそんなことを説明し、何度もこうしたことを繰り返す度に彼は次第に私のこうした状況に慣れていった。
「そろそろ治まったか?」
そっと響いた低く柔い彼の声。
ふわふわのタオルに顔を埋め、鼻をぐずぐずと鳴らしていた私はその声にそっと顔を上げた。
「……ぼちぼち治まった」
「なら夕飯にしようぜ」
まだ目元に涙が残っていたのだろう。彼はそっと目元をタオルで拭うとそのまま流れるように私の頭を撫で、にいっと笑った。
大きな手のひらが離れてしまうことが惜しくてそっとその手に頭を擦り寄せると、彼は笑みを深めてぽんぽんと軽く頭を叩く。
「運ぶの手伝ってくれよ」
そう言って彼はサッと立ち上がり、台所の方へと向かってしまった。
私は彼の後に続いて台所に入ると、鍋をかき回している彼の後ろにぴたりと立った。
広い背中、筋肉のついた腕。料理をしていてもそういった男性らしい部分が見えて、私はそっと彼の背に擦り寄る。
こうしたことはもはや日常の一部で、彼が動じることは無い。
彼の後ろからぼんやりと鍋を覗き込むと、中にはゴロゴロとした大きなじゃがいもに透き通る玉ねぎ、細切れのお肉と糸こんにゃく。
ふわり、醤油の香りが立ち上り、たちまち幸福が押し寄せる。
肉じゃがだ。
独り言のようにそう呟けば、好きだろ?と返事が返ってきた。
そのことがなんだか嬉しくて、私は無言でこっくりと頷いた。
お皿に盛り付けた料理や食器、お茶などを運ぶと、私たちは揃って手を合わせた。
炊きたての白ご飯、ほかほかの肉じゃが、具材たっぷりのお味噌汁、ほうれん草の入った白あえ。机に並べられた料理たちはほかほかと湯気を立て、今が食べ頃ですよと言わんばかりである。
いただきます、の声が上がればそれはもう幸福の合図。
二人で同じものを食べ、同じ時間を過ごす。
なんてことのないように見えるこの出来事は、幸せの形をしていた。
知らぬ間に頬を伝っていた涙に気づいた私は、畳まれたふかふかのタオルを手に取り、そっと顔を埋めた。
ジェットコースターのように急上昇と急降下を繰り返す私の精神はすぐに涙腺を刺激してしまう。急な弾みで蛇口が緩んだようにぽたりぽたりと涙が零れる。
どうして泣いているのか、何が悲しいのか。なんて、そんなことは分からない。分からないけれどただ涙が止まらないだけなのだ。
初めて彼がこうなった私を見た時、いつも動じない彼は珍しく少し慌てて、「どうした?」「何があった?」とタオルを片手に何度も尋ねた。そっとタオルで目元を拭われ、柔らかな言葉が降り注げば降り注ぐほど、私の涙は止まらなくなってしまう。説明しようと開いた口からは声の代わりに嗚咽が漏れ、言葉にすらならない。
あぁどうしてこうなのか。自分自身に疑問と苛立ちを抱えながらも、やっぱり流れる涙は止まることを知らなかった。
少し落ち着いて何度もしゃくりあげながら、「何でもない」「ただ涙が出るだけ」と告げると彼は眉尻を下げ、心配そうな顔をした。
何度聞かれても説明のしようがない上に、何故か優しい言葉をかけられればその分涙が零れてしまう。
たどたどしくそんなことを説明し、何度もこうしたことを繰り返す度に彼は次第に私のこうした状況に慣れていった。
「そろそろ治まったか?」
そっと響いた低く柔い彼の声。
ふわふわのタオルに顔を埋め、鼻をぐずぐずと鳴らしていた私はその声にそっと顔を上げた。
「……ぼちぼち治まった」
「なら夕飯にしようぜ」
まだ目元に涙が残っていたのだろう。彼はそっと目元をタオルで拭うとそのまま流れるように私の頭を撫で、にいっと笑った。
大きな手のひらが離れてしまうことが惜しくてそっとその手に頭を擦り寄せると、彼は笑みを深めてぽんぽんと軽く頭を叩く。
「運ぶの手伝ってくれよ」
そう言って彼はサッと立ち上がり、台所の方へと向かってしまった。
私は彼の後に続いて台所に入ると、鍋をかき回している彼の後ろにぴたりと立った。
広い背中、筋肉のついた腕。料理をしていてもそういった男性らしい部分が見えて、私はそっと彼の背に擦り寄る。
こうしたことはもはや日常の一部で、彼が動じることは無い。
彼の後ろからぼんやりと鍋を覗き込むと、中にはゴロゴロとした大きなじゃがいもに透き通る玉ねぎ、細切れのお肉と糸こんにゃく。
ふわり、醤油の香りが立ち上り、たちまち幸福が押し寄せる。
肉じゃがだ。
独り言のようにそう呟けば、好きだろ?と返事が返ってきた。
そのことがなんだか嬉しくて、私は無言でこっくりと頷いた。
お皿に盛り付けた料理や食器、お茶などを運ぶと、私たちは揃って手を合わせた。
炊きたての白ご飯、ほかほかの肉じゃが、具材たっぷりのお味噌汁、ほうれん草の入った白あえ。机に並べられた料理たちはほかほかと湯気を立て、今が食べ頃ですよと言わんばかりである。
いただきます、の声が上がればそれはもう幸福の合図。
二人で同じものを食べ、同じ時間を過ごす。
なんてことのないように見えるこの出来事は、幸せの形をしていた。