溺れゆく策士
透明なワイングラスにワインを並々と注ぐように、無地のワンピースに刺繍を施すように、斎宮宗は何かを己の色に染め上げるのが本当に上手だった。
耳から溢れんばかりの賛辞と愛と言葉を注ぎ込み、己の手で美しいものを創り出す。そうやって彼はこれまで作品を生んできた。そしてそれが彼なりの愛し方でもあったのだ。
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その日は宗にとっていつも通りの一日であるはずだった。
窓から西日が差し込む部屋の中、棚にきちんと整頓された数多の布や刺繍糸が柔らかく光る。静謐な空間の中、ビジューだけがきらきらと光って音を立てるかのよう。
そんな手芸部の部室にて椅子に腰掛け、依頼を受けたユニットの衣装に針を通していく。繊細かつ地道な作業だが、これを苦と思ったことは一度たりともない。しかし仄かな疲労を感じ、針を置いてそっと部屋の中を見渡せば、いつもよりも数倍静かな空間が広がっている。珍しく部室に影片は顔を出していないようだった。ふん、と軽く鼻を鳴らし再び針を手に取ろうとすると、重い扉の開く音が聞こえる。
とうとう影片が来たのだろうか。いつもより遅いことは少々気になるがまぁそれは別にいいだろう。
再び視線を膝の上の衣装に向けようとすると、予想していた者とは別人の声が静かな空間の中に響いた。
「宗!」
軽やかに響いた声は聞き違えることはない、愛しい人のもの。穏やかな夕陽に染まっていた部屋の中、飛び込んできた彼女は彗星のような眩い光を放っているかのようにさえ思える。淡いグレーの髪と制服のプリーツスカートが彼女の動きに合わせてふわふわと揺れた。
「丁度いいところに来た。」
そう言って薄らと口元に笑みを浮かべて見せれば、彼女はぱちくりと目を見開き、不思議そうな顔をした。
そんな彼女に一枚のワンピースを手渡せば、パッとその顔は喜びに染められる。
以前から彼女が欲しいと言っていたワンピース。愛しい人のために作ってやることなど訳もない。手ずから作った一点物のそれは、言わば彼女のためだけのオートクチュールである。
折角ならば着てみるといい、と勧めれば彼女はワンピースをぎゅっと抱きしめて満面の笑みを浮かべた。そしてありがとうの言葉と共に、ぴょんと彼女がこちらに飛びつく。
部屋の一角に作った簡易的な更衣室のために下げたカーテンがひらりと揺れ、その奥にそっと彼女は吸い込まれていった。
ものの数分でワンピースの代わりに先程まで着ていた制服を抱え、彼女はそっとカーテンの裏から姿を見せた。彼の作ったワンピースを身に纏った彼女は予想通り美しく、それを見てそっとほくそ笑む。
悠然と椅子に腰掛け、そこから己の作った洋服に身を包む彼女を見るのは途方もない至福のときであった。それは己の色に染め上げ、完成させた作品を見ている時とほんの少しだけ似ているのかもしれない。
そんなことを思いながらそっと視線を彼女に向けると、不意にこちらに近寄った彼女とかちり、視線が噛み合った。
「宗?」
深い光を宿した瞳が、囁く彼女の甘い声が、己を魅了して離さない。
不自然にどくりと打った心音が聞こえると共に、何故か目の前が紅く染まった。思わず薄いヴェールに閉じ込められたかのように錯覚する。
彼女を自分の色に染めたのではなく、もしや自分こそ彼女に染められてしまったのか。
葡萄酒に酔うように、ぐらりと頭が揺れた。
そんな自分に構うことなく、彼女はさらに近付きその細い腕をこちらの首にそっと回す。
シルバーグレイのカーテンの中、二人は静かに口付けをした。