ネモフィラと欲望
キスがしたい。
混じりっけのない純粋な欲望が顔を出して、ぐつぐつとお腹の中で煮えたぎった。
図書館の隅、カーテンがふわりと揺れる窓際の席に腰掛け、私はいつもと変わらずにページを繰る。そして時折視線を上げてカウンターをちらりと覗けば、ヘイゼル色の瞳がぱちりと瞬いてゆっくりと細められた。
柔らかい笑みを零す彼の一挙一動に心がふるえてきゅうと甘く締め付けられる。苦しいのに途方もなく愛おしくて、思わず触れたくなって。
ひょっこり顔を出した欲望が甘く疼いてしまうけれど、いくらカーテンが太陽を隠していたとしても今はまだお昼。浅ましくて欲深い自分の心にダメだよ、と言い聞かせてどうぞこの熱が静まりますようにと小さく祈りを込める。もう本の内容などすっかり頭に入ってはいなかった。
太陽は傾き、空が赤く染まり始めた頃、図書館を利用していた生徒は一人、また一人とこの場所を去っていく。あと十分もすれば図書室の閉館時間だ。
私もそろそろ帰らなくちゃ。
結局ほとんど読み進められなかった小説を鞄にしまい、なるべく音を立てないように椅子を引くと私は出入口の方へと向かう。
カウンターの横をするりと通り過ぎるようにしてさっさとその場を離れようとすると、不意にやわい声が耳を掠めた。
「忘れ物ですよ」
潜められた小さな声を聞き漏らさないようにそっと足を止め、カウンターの方へと近寄る。
何か忘れていたのかな。特に思い当たる節がなく、不思議に思った私は小さく首を傾げて彼の言葉を待った。
彼は小さく手招きをしてカウンターの中まで私を呼び寄せると、その場にしゃがみこんだ。カウンター裏に忘れ物を保管していてくれたのかもしれない、と考え、なんの疑いも無く彼の元へと近寄ったのが間違いだった。
薄暗いカウンターの陰の中、そっと詰められた距離。頤に添えられた手は大きく、触れられている、と感じるには充分。
ちぅ、と触れるだけのキスはそれだけで甘くて熱い。
離れては近づいて、また離れては触れての繰り返し。彼のひんやりとした大きな手の平とは対照的に、私の頬ばかり熱くなってしまっていた。
唇を噛み締めていないと、もっと、の言葉が零れ落ちてしまいそうでぎゅっと耐え忍んでいれば目の前の彼は少しだけ不満そうに眉を顰めた。
「傷がついちゃいますよ」
そう言って噛み締める歯を宥めるように唇をサラリと親指でなぞる。微かに触れられただけでうるさいくらいに心臓は跳ね上がって、こぼれ落ちるようにはふ、と息が漏れる。
ね、もっと。もっとください。
とうとうこぼした声はあんまりにも欲まみれで浅ましくて。恥ずかしさから滲んだ涙で視界はぐらぐらと揺れている。硝子玉を覗いた世界のようにふわふわと不安定な視線の先で、彼はうっそりと笑った。
混じりっけのない純粋な欲望が顔を出して、ぐつぐつとお腹の中で煮えたぎった。
図書館の隅、カーテンがふわりと揺れる窓際の席に腰掛け、私はいつもと変わらずにページを繰る。そして時折視線を上げてカウンターをちらりと覗けば、ヘイゼル色の瞳がぱちりと瞬いてゆっくりと細められた。
柔らかい笑みを零す彼の一挙一動に心がふるえてきゅうと甘く締め付けられる。苦しいのに途方もなく愛おしくて、思わず触れたくなって。
ひょっこり顔を出した欲望が甘く疼いてしまうけれど、いくらカーテンが太陽を隠していたとしても今はまだお昼。浅ましくて欲深い自分の心にダメだよ、と言い聞かせてどうぞこの熱が静まりますようにと小さく祈りを込める。もう本の内容などすっかり頭に入ってはいなかった。
太陽は傾き、空が赤く染まり始めた頃、図書館を利用していた生徒は一人、また一人とこの場所を去っていく。あと十分もすれば図書室の閉館時間だ。
私もそろそろ帰らなくちゃ。
結局ほとんど読み進められなかった小説を鞄にしまい、なるべく音を立てないように椅子を引くと私は出入口の方へと向かう。
カウンターの横をするりと通り過ぎるようにしてさっさとその場を離れようとすると、不意にやわい声が耳を掠めた。
「忘れ物ですよ」
潜められた小さな声を聞き漏らさないようにそっと足を止め、カウンターの方へと近寄る。
何か忘れていたのかな。特に思い当たる節がなく、不思議に思った私は小さく首を傾げて彼の言葉を待った。
彼は小さく手招きをしてカウンターの中まで私を呼び寄せると、その場にしゃがみこんだ。カウンター裏に忘れ物を保管していてくれたのかもしれない、と考え、なんの疑いも無く彼の元へと近寄ったのが間違いだった。
薄暗いカウンターの陰の中、そっと詰められた距離。頤に添えられた手は大きく、触れられている、と感じるには充分。
ちぅ、と触れるだけのキスはそれだけで甘くて熱い。
離れては近づいて、また離れては触れての繰り返し。彼のひんやりとした大きな手の平とは対照的に、私の頬ばかり熱くなってしまっていた。
唇を噛み締めていないと、もっと、の言葉が零れ落ちてしまいそうでぎゅっと耐え忍んでいれば目の前の彼は少しだけ不満そうに眉を顰めた。
「傷がついちゃいますよ」
そう言って噛み締める歯を宥めるように唇をサラリと親指でなぞる。微かに触れられただけでうるさいくらいに心臓は跳ね上がって、こぼれ落ちるようにはふ、と息が漏れる。
ね、もっと。もっとください。
とうとうこぼした声はあんまりにも欲まみれで浅ましくて。恥ずかしさから滲んだ涙で視界はぐらぐらと揺れている。硝子玉を覗いた世界のようにふわふわと不安定な視線の先で、彼はうっそりと笑った。