私にとって特別な日でも、他の人にとっては普通の、当たり前の一日でしかない。それが誕生日。そういうものだと分かっているし、数十年生きてきて理解もしている。
だから彼が仕事で忙しくて連絡が取れないのも、きっと彼に今日は会えないことも仕方ないのだ。
大人ぶって宥めて、諦めて、落ち着かせた心。100人いるうちの99人の私は首を縦に振った。
けれど心の制御はひどく難しい。騒ぎ立てる心の声に目を瞑ろうと何度も試みるが、たった一人残った私は頑として首を縦に振らずに地団駄を踏んだままだ。

着信音と共に小さな画面に浮かび上がるポップアップの通知と、添えられた誕生を祝う言葉。どの言葉も優しくて幸せに満ちているのに、私の心の隙間は未だに小さく空いたまま。

私が欲しいのはこれじゃないの。
我儘だと言われても貴方からの言葉が、声が欲しい。
視界に入った時計の針はあと少しで今日が終わることを告げていて、その残酷さに心臓がひゅっと縮んだ。もう少しだけ今日を伸ばしてほしい。そんな切なる願いは叶わず、無情にも針は正確に時を刻む。
ぎゅっと瞑った目尻からは意図せず涙が一筋零れた。

そんな時だった。

来訪を告げるインターホンの音が静かな夜の空気を震わせる。恐る恐る覗き窓を見てみれば、そこにいたのは紛れもない、私が夢にまで見たその人。

「真緒くん……」

どうして、と呟いた声は音にならずにそっと空気に紛れるだけ。
扉の鍵を開けると同時に息を切らして飛び込んできた彼は、脇目も降らずにぎゅうと力強く私を抱きしめた。耳元で軽く聞こえる荒い息から察するに、急いでここまで来てくれたのだろう。

「……誕生日おめでとう」

冷えた空気が広がる玄関で、ふわりと白い息が上がった。