ー指先だけ、そっと 01ー


10月の暮れ、寒さがその顔を見せ始めた頃だ。
妙な噂がトムのいる孤児院を駆け抜けた。話によれば化物が施設に転がり込んだという。
その話は最初は小さな女の子が施設に担ぎ込まれて手当てを受けているらしいといった当たり障りの無いものからどんどんと変化していき、今では化物が施設の一室に立てこもっていると言うものにまで膨れ上がっていた。
それらの話は幼い子供の心に痛く響くらしく孤児たちが口々に囁きあってある。
そんな話を聞き流しながら、トムは一人深いため息を吐いた。
いちいちそんなことで騒ぐ子供達が煩わしくて、その煩い声が耳を叩いて不快で仕方なかった。

シスターたちのご飯も食べずに部屋の隅で蹲ってるらしいんだけど、近づこうとすると蛇みたいに威嚇してくるんだって!

気味が悪いわ。なんでそんなのがここにいるのよ

ここの前で生き倒れてたんだってさ、なぁ、見にいこう!

騒ぎ立てる声は収まらず囃し立てるように広がっていく。シスターが騒ぎを収め始めたため静かにトムは席を立った。

「馬鹿馬鹿しい。 」

人気の少ない冷えた石煉瓦の廊下を歩きながら思う。件の少女は一体何者なのだろうか。蛇のように威嚇する≠サの言葉がひどく気になってその少女がいるらしい部屋に自然と足が向いた。

トムには蛇の言葉が理解できるから。
トムと同じ何かをその少女が持っているかもしれないと、漠然とそう思ったのだ。















「………君が、」

忍び込んだその部屋の隅、その少女静かに蹲っていた。トムは静かに息を飲んだ。薄暗く閉め切った部屋の隅で余りにも弱々しい少女は絹の糸のような金の髪を床に垂らし、白く剥き出された肌の傷は生々しく艶めいていた。
見開かれた目は揺ら揺らと敵意で満ちた光を鈍く放っている。

「君は一体…」
綺麗だと、そう思った。神秘的で幻想的でありきたりな言葉を並べ連ねたところで表現できない神々しさを感じた。普通の人間にはない異様なオーラをまとったそれは痛々しいほどの敵意を自分に向けてくる。
触れてみたいと、感じたとその気には足が勝手に動いていた。ふらふらと彼女に近づく、あと数mのところで少女が叫ぶ。

「"来るな!!!!"」

シャーシャーと空を切るような音。鼓膜を揺らすその無意味な音の羅列をトムは理解する。これは蛇語だ、蛇の言葉。
痛いほどに心臓が高鳴った。自分と同じ異様を始めてこの目にしたのだ。
前の少女は蛇のようなじゃない、蛇語をしっかりと話している。
敵意でギラつくその目で、叫んだのだ。

トムは目を見開きこの上もない幸せを噛み締めるような表情で手を広げた。

「"落ち着いて、何もしないから"」

自分と同じ異形に一人じゃなかったという安心感に溺れそうだった。


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