巡り合ったその先に
遡ること数時間前。
「携帯の基地局のアンテナ、やられたかな…」
吹雪の中、雪崩で塞がっているトンネルを目の前に全く繋がらなくなってしまった己のスマホに目をやり朔は車の中で頭を抱える。使用済みの爆薬を発見したはいいものの、高明と連絡が途絶えて一時間以上経つ。使用済みとはいえ爆弾を置いてここを離れる訳にも行かずどうしたものかと目を細める。
「坊やたちは、大丈夫かな…」
無茶をして怪我をしてなければいいが。
東京か…と連想されるそれに吹雪いている景色に目を向け、朔は物思いにふける。長野に戻ってきてからずっと思案している。どうすれば零の状況を零に知られることなく調べることが出来るだろう。下手に動けば潜入している彼に迷惑が掛かる。諜報員だと身元がバレれば即消されるだろう。迂闊に行動はできない。しかし何もせず、失われていると後から知るのはもう御免だ。せめて彼の現状だけでも分かれば…。
唯一の手がかりは目撃情報があった東京にあるボクシング会場。しかし自分は長野にいる身。どうやって探し出すか。
ふと、後方で車のライトが近づいてくるのをバックミラーで確認する。本部の車だ。連絡がない朔を警部自ら様子を見に来てくれたらしい。そんな彼らに朔は慌てて車から降りたのだったーー…。
「うわっ、ひでぇな…」
小五郎からPCに送られてきた現場の動画。眉間にボーガンの矢が刺さった即死の被害者に敢助は眉を顰める。
無差別の犯行にも見えるが高明は特定の人物を狙った可能性もあり得ると指摘する。高明と由衣が動画を見ている間、敢助は雪崩で完全に塞がり、通れなくなったトンネルで待機させている朔に連絡を入れる。
「おい成瀬!そっちはどうだ!」
《今やっと作業車が到着して除雪作業を開始しました》
「わかった。お前は一旦こっちに戻ってこい」
《いえ、人為的に雪崩が起こされたのならどこかに爆薬が残ってる可能性もありますので、私はこのままここに…》
「敢助くん、彼女はなんて?」
まだ会話は途中であるのに動画を観ていた高明が顔を上げる。敢助はスマホから耳を離し、「爆弾が残ってるかもしれねぇから残るってよ」と伝えれば動画を観ていた由衣が驚きの声を上げて振り向く。
「えぇ⁉朔ちゃんずっとそこにいるつもり?」
「敢助くん、電話を代わってください」
「あ、おい!」
まだ敢助から了承を得ていないのに勝手にスマホを奪い、朔さん?と話し始めた高明に敢助は顔を顰めた。
「いいですか?爆弾を見つけても先走らず必ず連絡してください」
おいおい、新人じゃねーんだから大丈夫だろ、と敢助は高明に突っ込む。
「それと三十分置きに必ず定時連絡を」
だから新人じゃねーんだからわかってるだろ。せめて一時間にしろよ、と敢助の眉間のシワはどんどん深くなっていく。そして勝手に電話を終わらせてスマホを渡してくる高明に敢助はどこか釈然としない顔でスマホを懐に仕舞った。
「・・・・」
あろうことか朔から四回目の定時連絡がない。高明はデスクの上にスマホを置き、腕を組んでジッとその音沙汰のないスマホを見つめた。
小五郎のスマホにも繋がらないとなると大方この大雪で携帯の基地局のアンテナがやられたのだろう。しかし、もしものこともある。仕方ねぇ、と敢助は上着を手に持った。
「俺と上原で成瀬の様子を見に行ってくるから、コウメイはここにいてくれ」
「いえ、僕も行きます」
「携帯が繋がらなくて戻ってきてるかもしれねぇし、入れ違いは面倒だ。お前はここに…」
既に上着を羽織り準備をしている高明に聞いちゃいねぇ、と目を細める。
「お前、ちょっと過保護すぎやしねぇか」
「部下と連絡が途絶えたのであれば上司として様子を見に行くのは当たり前です」
だから俺と由衣で様子見は十分だろ、という言葉は飲み込む。これは何を言ってもダメだな、と長年の経験で悟り、敢助はそれ以上何も言わなかった。
現場に到着し、見た限りでは除雪作業は順調に進んでいるようだった。自分たちに気づいた彼女が血相を変えて車から降りてくる。その元気な様子に取り敢えずトラブルは起こってないようだな、と敢助も安堵する。
「すみません!定時連絡がなかったせいですよね」
「大丈夫でしたか?」
車から降りた高明が開口一番に放った言葉はそれだった。
「はい。爆薬も無事見つけられ、除雪作業も順調に進みあと一時間で…」
「違います」
「え?」
「貴女です」
「わ、私ですか?えと、はい。大丈夫です」
「ならいいです」
どう見ても元気だろ。と敢助は心の中で突っ込む。彼女もそんな高明に困惑した表情を浮かべながらも元気ですよ、と笑顔を見せる。東京で何があったか知らないが、少々部下に構いが過ぎる幼なじみに敢助は深い溜息を吐きながらスマホを耳に当てた。無事アンテナの復旧作業が終わったようだ。小五郎へと繋がったその電話に敢助はやっと先へ進めたと二度目の安堵を含んだ溜息をついたーー。
三時間後、朔達はようやく小五郎達が待機している教会に現着する。高明たちが本部で観た現場の動画というのは結局観ることが出来なかったが被害者はボーガンで眉間に一撃。さらにもう一人、先の電話で分かったことだが毒殺されたご遺体が一体。
高明が車から降りる。その後に続いて自分も手袋を装着して降りる準備をする。滑らないようにしないとな、なんて思いながら小五郎と挨拶を交わしている高明をなんとなく視界に入れる。
ドクンッ!と心臓が跳ねた。
「え…?」
ドクンッ、ドクンッと脈打つ鼓動に合わせて脳までその振動が伝わる。
小五郎の隣にいる人物に思わず見間違いかと二度見する。
う、うそっ…な、なんで…?
体が固まってしまう。心臓が痛いぐらいに震えている。
足元なんて見ておらず案の定車のサイドシルからズルッ、と踏み外してしまう。ベシャ、とそのまま尻を打ち付ける。その音に高明が振り返る。降谷零もまたこちらを見たのが分かった。途端にボタボタと頭から雪を被る。
背中にまで入った雪は冷たい筈なのに。車体にぶつけた体も打ち付けた尻も痛い筈で。早く、立ち上がらなければいけないのに。頭は違うことでいっぱいだった。目一杯に見開いて瞳の中に彼を入れる。
な…んで、ここにーー?
不意打ちが過ぎる。しかし彼の方は一度目が合ったもののフイッと視線を横に切ってしまった。
「朔ちゃん?」
由衣の声でハッとする。そうだ、何をしているんだ。早く立たなきゃ。なんでもないと笑わなければ。でも、どうしよう。足が震えて…
瞬間敢助に腕を掴まれ体が持ち上がる。気づけば足の震えは止まっていた。高明がマフラーを首に巻いてくれる。流石に悪いと断ろうとしたが、彼は小声で言った。寝不足でクマが酷い。これで顔を隠しなさい、と。優しい目が朔を見る。ゆっくりと頷いた彼に悟った。彼も降谷零に気づいている。朔が降谷零に気づいていることもまたこの人は分かっている。
「ありがとう、ございます」
マフラーに顔を埋め、表情を隠す。気を紛らわすように皆と会話をしながら現場検証の為に教会へと向かう。小五郎に会釈をすれば彼も軽く首を曲げ挨拶を返してくれた。通り過ぎ様に零を横目に入れる。やはり本人だ。間違いない。しかし話し掛けてこないということは、ここは知らないフリをするのが正解なのだろう。
生きて、いた…
生きてた…
生きてた…!
ギュッと目を瞑り、朔は五秒間だけ、と彼への思いを募らせる。
教会へと足を踏み入れると共に朔はその気持ちを胸の奥底に仕舞い込んだーー…。
コナンは現場検証中の成瀬のスーツの裾をちょんちょん、と軽く下に引っ張る。コナンに気づいた彼女は屈んで目線を合わせてくれた。
「坊や、さっきはありがとう。怪我はなかった?」
「うん、僕はなんともないよ」
ジッと成瀬の顔を見つめるコナンに彼女は首を傾げた。
「どうしたの?」
「さっき何に驚いてたの?」
「え?」
「すごいお顔が真っ青だったよ?」
「そう?」
寝不足だからかも。と目の下に指を這わせ己のクマを見せてきた成瀬。もう少し踏み込んで見るか、とコナンは彼女の瞳孔の動きを注意深く観察した。
「安室さんのこと知ってるの?」
「安室さん?」
その瞳に動揺の色は見られない。考えすぎか?
「毛利小五郎の近くにいた金髪の兄ちゃんのことだよ」
近くで会話を聞いていた敢助が口添えする。彼女の表情がほんの一瞬硬くなったのがわかった。その瞳孔は僅かに開いていた。しかし彼女は首を横に振る。
「知らないわ。でも驚いたのは確かよ。あの毛利さんに二人もお弟子さんがいるんだもの。水戸黄門様みたいだなぁ…なんて思ってたら足を滑らせちゃったの」
恥ずかしいところ見られちゃったわね、と彼女は眉を落として笑った。
「あのズクナシに二人も弟子ついてりゃ転びたくもなるわな」
ぼそっと言った敢助の言葉にコナンはハハハッ…と胸の内で乾いた笑いをする。
「敢助くん、鑑識の人たちが呼んでますよ」
「おう。成瀬ここは頼んだぞ」
「はい」
高明に呼ばれ敢助が持ち場を離れる。すると奥の方から鬼の形相をした小五郎がズンズンと大股開きでコナンの元へやってくる。ヤッベ!と冷や汗を掻きながらコナンはその場から逃げようとする。すると彼女に腕を掴まれ、紙切れのような物をポケットに入れられる。
え?とコナンは成瀬を見る。憂いが含まれているその笑みはコナンの脳裏に焼き付く。
「彼のこと、守ってあげて」
その言葉にコナンは目を見開く。瞬間小五郎に捕まり、首根っこを持たれた。
「まーたおめーは!勝手に入り込みやがって!新幹線の時間もあるんだ!さっさと帰ーるぞ!!」
「あー!まって、おじさん!」
コナンの訴え虚しく体は宙に浮いたまま連れて行かれる。だんだんと成瀬の姿は小さくなっていく。未だ寂しげな目でこちらを見ている彼女から目を逸らすことが出来なかったーー…。
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2020.11.06
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