ヘアブレスレット


「先輩!」

佐藤は捜査一課の部屋から出てきた成瀬を呼び止める。

「東京駅からそのまま来たんですか?」

「うん。捜査会議に間に合わないと思って…」

キャリーケースと旅行鞄を持った彼女に、メールをくれれば自分が東京駅に迎えに行ったのに…と午前中非番であった佐藤は口を尖らせる。

「でもここくる前に寄るところがあったから…」

「なら尚更連絡して下さいよ」

拗ねた顔をする佐藤に彼女は小さく笑った。

「あはは、ありがとう。一緒に捜査をするのは久々ね。変わったこともあるだろうし違ってたらその都度よろしくね」

「はい!」

「じゃあ、私目暮警部に挨拶してくるから」

「あっ、先にロッカー案内しますよ」

多い荷物にそう提案するが、彼女は顔を横に振り、手に持っている鍵をチラつかせた。手首に付けているブレスレットが一緒になって小さく揺れる。

「さっき中の人に説明受けて鍵もらったから大丈夫よ。また会議で会いましょ」

ガラガラとキャリーケースを引き、去っていく彼女の背中…左手首に付いているそれをジッと見つめる。

「佐藤さん、ぼーっとしてどうしたんですか?」

高木の声に肩が揺れる。そんな佐藤を見て高木は先ほどまで彼女が見ていた視線の先を追う。

「成瀬刑事がどうかしたんですか?」

「この間会った時にも思った事なんだけど…」

途中白鳥に声を掛けられ笑顔で言葉を交わす彼女を目で追う。笑う口元を手で隠す際にあのブレスレットがまたゆらゆらと揺れていた。

「今も…あのブレスレットを付けてるんだなぁって…思って…」

「ブレスレット?」

彼女は基本、ファッションには無頓着な人だ。プライベートや張り込み時なんかはいつもシンプルな服装を好む。装飾はあのブレスレット以外付けているのを見たことがない。

「私がここに配属された時からずっと付けてるの」

佐藤の言葉に高木は伊達の葬式時のことがふっと頭に降りて来た。泣き崩れる自分の肩を彼女が心配そうに触れる。あの時は気にする余裕などなかったが思い起こせば確かにその時もつけていた気がする。

「鎖の部分がゴムで出来てるから髪も結べるらしいんだけどあれで髪を結んでるところを見たことがなくて…」

「そうなんですか?」

「うん。先輩ってね、浮いた話とかそういう類の話、聞いたことがなくて」

「それは佐藤さんも同じでしたよ?」

「あら、そうだったかしら?」

「そうだったですよ」

変な日本語で返す高木に佐藤は小さく笑ったあと、憂いを残した笑みで彼女を見つめた。

「あまり…自分の話とかしない人だから、私もよくは知らないんだけど…」

あれは捜査が長引いた時だったか…。彼女がまだ警視庁にいた頃で、深夜、小休憩に入った彼女を呼びに休憩室を訪れた際、コーヒー片手にぼんやりと座っている彼女を目にする。視線の先にはあの手首に付けているブレスレットであった。とても温かく、とても愛おしそうに見つめる瞳の奥はどこか哀しそうで、その背はどこか寂しく見えた。

まるでブレスレットを通して誰かを見ているような…。

大事な人からの贈り物なのでは…と裏付けも根拠もないのに、そんな刑事らしからぬ憶測をつい巡らしてしまう。

「きっと、すごく…大切なものなんだろうなって…」

自分が亡き父の手錠を持っているように…。松田から送られたメールを削除出来なかったように…。彼女のそれもそんな人からの贈り物なのでは…と。

「佐藤さんって…」

「え?」

「成瀬刑事の前だと途端愛くるしくなりますよね」

「それって普段の私が可愛げないって言いたいわけー?」

「いえ!佐藤さんはいつも!か、かわっ…!」

おーい、そこー!廊下のど真ん中でいちゃいちゃすんなーと呆れ顔の宮本由美が二人の間に割って入る。佐藤美和子をファンとする男衆に睨まれていたことにそこで初めて気づいた高木であった…。






カランカラン、と店のカウが音を立てる。接客中で背中を向けていた安室は少し遅れていらっしゃいませ、と声をかける。振り返った途端に笑顔のまま固まった。

既に梓が接客しており、テーブル席は埋まっていた為にカウンター席へと案内されてしまった彼女はそこへ腰掛けた。

「ハムサンドとコーヒーを」

「かしこまりました」

安室さん、お願いします。とハムサンドを発案した己を呪う。キッチンへと赴かなければならない。目の前に座る彼女に気づかぬフリをしてひたすら調理に集中する。

「この間ぶりですね」

包丁を持つ手が止まる。まさか彼女のほうから話しかけてくるなんて。以前はすっ転ぶ程動揺していたというのに。

「えーっと…あぁ、確か長野県警の刑事さん、でしたっけ?」

「はい。成瀬朔と言います」

「すみません、気づかず…」

「いえ、安室透さん…でしたよね?」

「えぇ、はい」

「お二方ともお知り合いですか?」

コーヒーを彼女の前に置いた梓が不思議そうに二人を交互に見る。

「えぇ、まぁ…」

「先日長野で起こった事件を見事解決してくださって…」

こちらが答える前に彼女は動揺一つ見せることなく淡々と答える。

「わー!安室さん凄いですね!さすが名探偵の一番弟子!」

「いえいえ、毛利先生が殆ど解かれたようなもので…」

君を一方的に振って姿をくらました男なんて、顔も見たくない筈だ。

「ここのハムサンドは安室さんが考案したもので、今ではポアロの名物なんです」

「そうなんですね。出来上がるのが待ち遠しいです」

なのに何故まだそのヘアブレスレットを付けているんだ。

「そんな上げられると緊張してしまいますね…」

何しに来たんだ。様子からして安室がここで働いているのを知っていたようだ。

いや、ここでバイトをしているなんて情報はどこからでも入るだろう。安室透は毛利小五郎の一番弟子なのだ。それなりに話題にもなる。

君が警視庁に派遣されて来たことは知っている。そこにいる高木渉は安室透と面識があるし、毛利小五郎や江戸川コナンだって…

江戸川コナンー…

そこでハッとする。

彼女の性格からしてそもそも安室透が…降谷零がここにいることを知ってわざわざ寄り付くのだろうか。

彼女が長野に飛ばされた理由は知っている。本当に無茶をするものだと目くじらを立てたさ。しかしここにいるよりは長野にいるほうが安全だと思った。なのに組織が大きく動き出そうとしているこのタイミングで東京に来るなんて…

「どうぞ」

キッチンから手を伸ばし、彼女の前にハムサンドを置く。

「いただきます」

控えめで小さな声が耳に入ってくる。

W召し上がれW

心の中でそう呟く。彼女はハムサンドを頬張り、嬉しそうに頬を上げた。

「美味しい…」

優しく零したその声に、思わず彼女を見つめる。彼女も安室を見た。

「とても…とても、美味しいですね」

「ありがとうございます」

どうして君は…

その疑問は口に出されることはなく、彼女は食べ終わったらそうそうに帰ってしまったーー…



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2020.12.4
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