《番外編》ロシアンティー


「おい、あの女は?」

それはフォーマンセルで組むようになってまだ間もない頃だった。外から戻ってきた長髪の男は肩や頭に積もった雪を払いながらここにいない人物の所在を投げかける。眉間に寄せられた皺を見て、明らかに不機嫌なのが窺えた。そんなライにスコッチは苦々しく微笑う。

「雪山での任務が相当応えたのか向こうで寝込んでる」

熱もあるみたいだ、と付け加えれば皺は更に深くなる。

「明日には出発だぞ」

「それはアマレットもわかってるよ」

「様子を見てくる」

やるべき任務は既に済んでおり、あとは帰るだけ。今回はアマレットにとって初めてバーボンがそばに居なかった任務だった。不安もあるなかこの極寒の中でも彼女は平然と仕事を熟していたように見えたが、緊張の糸が切れたのだろう。アマレットはこの山小屋に着くなり体調を崩してしまった。たった一晩、ここで過ごすだけ。明日になればバーボンが迎えにくる。だからそこまで躍起になる必要はない。

素直に心配していると言えばいいのに…。

ライって意外と面倒見がいいよな。兄弟とかいそう。なんて呑気に思っていると視界にズカズカと病人とはいえ女性が寝ている部屋にノックもなしに入っていくライの姿を目撃した。




ライは息苦しそうに寝袋に入っている女の顔をマジマジと見る。スコッチが薪を切らさずにストーブの火を焚いてくれていたお陰で部屋は幾分か暖かかった。

「おい」

ライの声に彼女は薄らと目を開けた。しかしこちらを見ているのにどこか焦点は合っていない。

「何なら口に出来そうだ?」

「お…にい…ちゃんが…入れた紅茶」

「は?」

誰が何を入れたものだって?

「で…ロシアンティーが、飲みたい…」

しかもロシアンティー…だと?

「俺はお前の兄じゃあないんだがな」

また眠ってしまった彼女を尻目にライは舌打ちして、部屋を出る。

薪ストーブの上で湯を沸かし、安物のティーパックを用意する。スコッチが持ってきていたレモンを勝手にもらい、サバイバルナイフを手に取る。まな板も使わずに親指でレモンを押さえ、エッジを押し当てる。そのままナイフを手前に押すようにして切り、スライスしたレモンをブレードに乗せ、親指で軽く押さえたまま保温瓶の中へと放り込んだ。

「レモンティー?」

スコッチが横から不思議そうに覗いてくる。言われてハッとする。しまった、と。イギリスではロシアンティーとはレモンティーのことを指す。アメリカでロシアンティーなるものを飲んでいる人間が近くにいなかったから気にも留めなかったが、本来ロシアンティーとはジャムを使用するものだ。

「ってサバイバルナイフで切るなよー」

で?と人懐っこい笑みを浮かべるスコッチが興味深しげにこちらを見てくる。

「あの女にロシアンティーを頼まれたついでに自分のも用意していただけだ」

スコッチにならイギリスに住んでいたことがバレても問題はないだろう。しかし念には念をいれて、だ。昔、母親がフライドポテトのことをフィッシュアンドチップスと言っただけで、とある日本人にイギリス人だとバレたことがあった。その時は母を軽く詰ったが、全く人のこと言えんな、とライは胸の内でぼやいた。

「ふーん…って、え?ジャムなんてないけど…」

「…あぁ、だからこれで我慢してもらう」

「・・・・」

スコッチは不自然に切られたレモンを手に持ち、なにやら考えていた。少しして何を思いついたのか一人、うん、と大きく頷いた。

「…本当はハチミツレモンにするつもりだったけど…折角だしレモンジャムにでもしますかね」

その提案にライは薄く目を開く。

「出来るのか?」

「念のため砂糖一袋多めに持ってきたからね」

大丈夫さ、と残りのレモンを全てまな板の上へと並べ、さくさくと皮を剥いていく。薄皮を取り除いた後、千切りにしていく彼の手際の良さに目を張った。

「ほぅ、器用だな。それに手慣れている」

「ライは料理しない人?」

「必要性を感じない」

「やると結構楽しいもんだよ。はい、ライはこの半分にカットしたレモンを絞る係り」

そしていつの間にやら手伝わされることになっている。

「絞り器ないから素手でよろしく」

「・・・・」

何が悲しくて男二人でこんな作業を…。その鬱憤は握りつぶられる運命のレモンに全てぶつけた。




「うん、いい感じの仕上がり」

出来たてのジャムをスプーンで掬い、さっそく紅茶に入れようとしているスコッチを止める。

「助かったスコッチ。あとは俺がやる」

「そう?じゃあオレは薪の具合を見てくるよ」

「あぁ、頼む」

そう、ロシアンティーに対して勘違いしているのはイギリス人だけではない。日本人は砂糖を入れる代わりにジャムを紅茶の中に入れるといった勘違いをしている者が多い。もちろんきちんと理解している者もいるのだろうが…。




小皿にジャムを乗せ、保温瓶に入れた紅茶を部屋に持っていく。

「おい、何起きてる」

「甘い、匂い…」

ジャムの匂いに誘われたのか彼女は夢現の状態で上半身を起こしていた。トレーに乗せられたレモンジャムに惚けた顔を見せる。

「作って…くれたの?」

「スコッチがな」

文句の一つでも言ってやろうと思っていたのに、ぱぁっと明るくなるその表情に、何も言えなくなる。

「ここに置いておくからあとは自分で…」

「んっ…」

口を開け、まるでジャムが口に入ってくるのを待ってるかのようなその仕草に唖然とする。まさか食わせろと?

「兄さん、早く」

だから、と訂正する言葉を飲み込む。

「食ったらちゃんと寝るな?」

コクン、と頷く彼女に仕方なしにスプーンで掬ったジャムを口に入れてやる。

嬉しそうに甘味と程よい酸味のレモンジャムを舌の上に乗せる。紅茶の入った保温瓶を渡してやれば彼女は幸せそうに顔を綻ばせた。

「おいしい」

「そうか」

「ありがとう…兄、さん…」

「お前の兄ではないんだがな」

安心しきったように眠る彼女を見て、やれやれと呆れたようにため息をつく。しかしその口元は微かに上がっていることにライ自身、気づいていなかったー…。



翌日高熱のせいか記憶が曖昧なのか彼女からの弁明はなかった。飲み方を隠すように紅茶にレモンジャムを入れて混ぜるアマレットを見て、彼女もまた国を知られなくないのだな、とライは何事もなかったように振る舞ったのだった。


おわり
2021.1.20
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