任務


艶のある音色が空気を震わせていく。

セピア色のその楽器は電光に照らされ赤茶く光り、深みのある音が歌うように空気中に美しく散っていく。

添えられる指が羊腸をしならせ、左に右にと細やかに揺らしながら弓がその上を滑っていく。

上へ下へとそれを動かす度に音は変わり、付けている彼女のピアスを、己の鼓膜を、揺らしていく。

長い爪が邪魔をしてうまく弾けない、と彼女は少女のように決まり悪げに笑ったーー…





「足を閉じて下さい。はしたない」

丸テーブルの上に地図を広げライと次の仕事の打ち合わせをしている彼女にバーボンは部屋に入って来るなり眉を潜めた。椅子の上に胡座を掻いて座っていた彼女は地図から顔を上げバーボンを見上げる。

「…ライ気になる?」

バーボンから視線を変え、目の前に座るライに話を振る。

「いや」

どうでもよさそうに首を横に振り、彼女は次に体を少し仰け反らせ顔をベランダの方へと向ける。

「スコッチはー?」

ベランダで一服しながらこちらの話を聞いていたスコッチは苦笑いを浮かべながら靴底でタバコの火を消し、中へと入ってくる。

「俺は慣れた」

「だ、そうですが」

「・・・・」

再度見上げてくる彼女を無視してバーボンは地図の上に写真を一枚放る。

「次のターゲットの情報です」






組織が開発した新薬を写真の男が持ち逃げしたと連絡があったのは数日前。見つけ次第始末し、薬を回収するのが今回の目的だった。バーボンが男の情報を探っている間、写真の男がバイヤーと接触しそうな場所を彼女と二人で話し合いながら目星をつけていく。

ガチャリ、と扉が開く音。部屋に入ってくるなり彼女の体勢を見て顔を顰める男に珍しいな、とライは思った。

バーボンという男は嫌味は言うもののあまり感情を表に出さない人間だと思っていたからだ。

日に日に彼女に対する当たりが強くなってきていることに彼自身気づいていないようだった。

まぁ、今のこの彼女の性格なら多少強めに言ってもへこたれることはないだろうが。

まぁ、戸惑う気持ちがあるのはわかる。どこまで記憶が後退しているのか正直なところ明確ではないが、スコッチによると彼女は今十八歳で、その頃の彼女が以前とは違う、女性らしさのかけらもない男勝りな喋り口調の上、男性のような立ち振る舞いにもなれば誰だって戸惑う。

妹、真純を知っているからそこまで抵抗はないが、今の彼女をバーボンは受け付けないのだろう。意外なのはWそれWを彼女に求めていることだ。組織の人間がどんな人間だろうと、そう、たとえそれが女性らしさというものが失われていたとしても、仕事が出来ればなんの問題ない。興味もない。

気になるのは一点だけ。彼女が目覚めた時、口にした一言。

W女みたいじゃないかっ…!W

それはまるで精神だけ別の人間が入っているような言い方だったーー…




「遅いな…」

目を閉じ、考えにふけっていると運転席に座るスコッチが腕時計に視線を落としていた。バーボンと恋人同士を装って店に入った筈だが…トラブルだろうか。今の彼女の性格を考えたらスコッチと行った方が断然それっぽく見え、連携も取れただろうに、なんて今更ながらに思う。

「予定の時間を三十分も過ぎてる。ちょっと様子を…」

すると突然スコッチのスマホが震えた。バーボンからの連絡だった。

「ライ、バーボンから連絡があって無事ターゲットを捕獲したって。まだ酒場にいるアマレットを回収して、予定してた場所に来てってさ」

「一緒に行動してるんじゃないのか」

「途中トラブルがあって別行動になったらしい」

仕方なく二人で車を降り、ターゲットが次に接触するであろうバイヤーのいる酒場へと向かったーー…







「・・・・」

「…これはいったい…?」

店のドアを開けるなりライとスコッチは呆然とその場に立ち尽くす。中では大人しく酒を飲んでいるものは一人もおらず、乱闘騒ぎを起こしているある二人を囲うようにして皆、酒を片手に立ち上がっていた。応援するような歓声からして皆どちらが勝つか賭けているのだろう。

放心し、開いた口が塞がらないスコッチに「お前はここで待っていろ」と言い残し、ライは歩き出す。

人混みをかき分けヒョイッと身を屈ませれば椅子が頭上を通り過ぎ、顔を横に傾ければ顔面すれすれにグラスが通り過ぎていき、後ろの柱に当たって砕け散る。

「・・・・」

はぁぁー…とライは長いため息をついた。





どうしてこうなったのかはわからないが輪の中心にいる彼女は拳を握り、自分より遥かにデカい図体の男に立ちはだかっていた。しかもあの男は例のバイヤーだ。

男が彼女に殴りかかる。彼女は相手の頭を両足で挟み込み、下半身の力を使って自身の体を旋回させる勢いに任せて相手を投げ飛ばした。

歓声が沸き起こる。まるで猟犬のような目つきでヘッドシザーズ・ホイップを咬ました彼女にスコッチは開いていた口をさらにあんぐりと開けた。相手を伸して腕を上げ喜んでいる彼女の首根っこをライが引っ掴み、金を置いて店を出る。惚けていたがスコッチも慌てて二人の後を追いかけた。

「離せって!ライ!」

騒ぐ彼女を車の中に放り込み、助手席にライが乗り込んだところで盛大にまた溜息を吐いた。

「出せ」

スコッチはエンジンを掛け、アクセルを踏みながら横目でライを見る。

ライは器用な男だ。

組織が認める程の腕を持ち、感情なんかに左右されたりなど一切ない。そんな彼が今アマレットに手を焼き、こめかみ部分を押さえて怒りに耐えている。申し訳ないが少し笑ってしまいそうになる。

「なぁ!なんで怒ってんだよぉ!」

「話は後だ、このあほう」

「ぷっ…あっ…」

つい吹き出したらライにもアマレットにも睨まれた。






2020.10.3
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