プラトニックな僕ら
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「・・・・」
休憩室でたまたま会った彼に今夜暇かと問えば彼は小脇に抱えている資料が見えないのかと眉を顰める。まだ仕事中である上司に名前はすぐ様言い直す。
「失礼致しました。この後、一杯どうですか降谷サン」
「とってつけたような敬称付けはいらない」
「風見さんが降谷さんと呼ぶなら私もそうする」
「あー、もういい。わかった、わかった」
タメ口は気にならないんだな、なんて鼻で笑いながら「一時間で片してくる」と言った彼に、なんだかんだ言って行く気満々なんじゃないか、と名前は内心ほくそ笑む。
宣言した時間より少し早めに彼がやってきて、二人で職場を後にする。あそこの飲み屋はどうだとか、こっちの店のがいいだとか揉めるのはいつものこと。しかし行き先はだんだんと決まってくるものだから不思議なものである。今日は以前部下と来たという焼き鳥の美味しいお店に連れてきてもらった。
さっそくビールを頼み、最初はネギマだの、モモだのと拘りがうるさい彼にオーダーは任せ、自分はキムチのきゅうり漬けと手羽餃子を頼む。
「おい、明日仕事だろ」
「私休み〜」
「ハッ?僕なんか一ヶ月も休みないぞ」
「え?やばーい。超ブラック」
「なら代わってくれ」
「休日出勤しろっつってんの?」
「あぁ、そうだ」
「Wあぁ、そうだWじゃないんだわ」
「明日早いんだ。今日泊めてくれ。君の家からなら近いだろ」
「やだよ、降谷来たら掃除始まる」
「まさかまた散らかし放題じゃないだろうな」
「・・・・」
「おい、シカトするな」
「萩くんならそんな君も素敵だねって言ってくれるのに…」
「萩でもそんなことは言わない」
「えー?そうかなぁ?」
「そういえば先週入ってきた新人いたろ。どうだ?」
「それがさ、すごいタッパがあって、伊達くんみたいでさ。眉毛凛々しいの」
「評価に眉毛は関係ないだろ」
「まぁ、様子見ながら指導してくよ。焦りは最大のトラップってね」
「やめろ。使い所間違えてるし、松田の言葉がお前の腑抜けた声に上書きされるなんて、松田がかわいそうだ」
「ひどーい!景くんがそばにいないと誰もゼロの毒舌を抑えててくれない!」
「ヒロを厄介ごとに巻き込むな」
「自分で厄介ごとって言っちゃったよ」
「おい、なんでネギマのネギだけ残す」
「ネギだけ七味かけて食べるの最近ハマってんだよね」
「オヤジくさい。ほら、僕のもやる」
「わーい!じゃあレバーあげるよ」
「食べられないだけだろ」
「知ってて毎回頼む降谷が悪い。あっ、すいませーん!熱燗ください!」
お猪口二つで!と勝手に彼の分も頼む。すると僕はもう少し後が良かったと文句を言われた。
暫くして彼が手洗いで席を立つ。その間に店主に会計を頼む。先程まで彼が呑んでいたお猪口が目に入る。まだ中には一口分残っていた。瓶を振ればまだ残ってるのがわかる。己のお猪口に最後の一杯を注ぎ、勝手に彼のお猪口に軽く当て、乾杯する。
降谷とは腐れ縁だ。警察学校からの付き合いで、他にも仲間はいたのだが、今は自分と彼だけとなってしまった。
殉職した仲間たちに想いを馳せ、日本酒を一気に呑み干す。「はー!美味い!」とオヤジくさい声をあげれば戻ってきた彼に頭を叩かれた。
「先風呂借りるぞ」
「なんで家主より先入るかね」
彼は自分を男友達だと勘違いしているのか付き合ってもいないのに、ちょくちょくと泊まりに来ては、翌朝部屋を掃除して出て行く。名前は朝起きて、綺麗になっている自分の部屋を見るのが嫌だった。まるで自分がいた痕跡を消し去っているようで…。それが無性に寂しくて、苦しい。そんな気持ちを放り投げるように、すっかり彼専用になってしまったソファーベッドの上に毛布を放ったーー…。
入れ違いに彼女が風呂に入った隙に、寝る準備をする。珍しく彼女からの呑みの誘い。きっと彼女は知っているのだ。自分がまた潜るということを。勿論降谷からは何も伝えていない。いつも通りに過ごしたつもりだ。けれど彼女はたった一度、あの休憩室で会っただけで分かったのだろう。流石、長い付き合いなだけはある。
今度はいつ帰ってくるのか。半年後か、十年先かはわからない。
彼女が風呂から出てくる。
降谷は寝たフリをする。
ふわっ、と名前のお気に入りのシャンプーの匂いと、ボディソープの香りが鼻を擽る。
近い。
彼女が顔を近づけているのがわかった。
「気をつけて」
唇に当たる、柔らかい感触。温もりは一瞬にして消え、触れただけであるそれは、感触だけはいつまでも残っていた。
彼女とは一度もそういう関係になったことはない。名前だけはどんなことがあっても手を出さずに大切にしてきた。
そんな名前もまた、降谷に対してそういった感情を一度たりとも見せたことがなかった。
いつも殉職した仲間を生きているように話す。実際彼女の中で生きているのだろう。前にその話に触れたら彼女は言った。
W降谷の中にもいるくせにW
あぁ、そうかもしれない。
自分が先に死んだら、彼女は今日行ったような居酒屋で一人、酒を飲むのだろうか。
ふと、先程手洗いから戻った時の彼女の背中がフラッシュバックする。
乾杯をするその横顔はどこか寂しげだった。
一人酒を飲むその背中には哀愁が漂っていた。
彼らを知っている人間はもう自分たちしかいない。自分が居なくなったら彼女は誰と仲間の話をするというのだ。
誰にも話せず、一人仲間を思いながら酒を飲ますのか?
彼女にそんな思いをさせるのか?
「…生きて帰るよ」
寝室に向かおうとしていた彼女の足が静かに止まる。その落ち着いた空気に、起きていると知ってわざとキスをしたのだとわかった。この言葉を言わせる為だとしたら、今回は彼女の方が一枚上手だったらしい。
「そんなの大前提に決まってるだろ、馬鹿野郎」
キスをした言い訳もなしに、彼女はそれだけ言って扉を閉めてしまった。
まったく君らしいよ、と降谷は小さく口元を緩めたのだったーー…
おわり
2021.1.26
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