計画は念入りに
接客中、降谷零のスマホにかかってきた見知らぬ電話番号。知っている人間は限られており、公安の人間が頭をよぎる。メールではなく電話だということに緊急性を感じ、客や梓にはわからないようワイヤレスイヤホンを片耳につける。
「…誰だ?」
《すみません、降谷さん。風見です》
「風見?どうした」
《実は…》
トンネルの工事現場から掘削用の爆弾を大量に盗んだ疑いのある男を鳩山牧場まで追っていた最中、後頭部を殴打され、気がついた時にはどこかの地下室に閉じ込められていたという。スマホはその男に取られてしまったため、地下室に放置されていた死体の懐にあったガラケーを借りて今電話しているらしい。GPSは使えず、電池も僅かなため、現状報告だけして、あとは自力でなんとか脱出すると言ってきた彼を降谷は止める。
「下手に動いたり仲間を呼べば犯人を刺激し最悪の結果になりかねない…。僕が行く…」
君が死体になる前に。と言葉を残して通話を切った。
「安室さん、そういえばあのこと聞きましたか?ハルさんが…」
彼女に見られないようイヤホンを外し、何事もなかったかのように向き直る。普段ならそのままにこやかに会話を続けるところだが、事態は急を要する。話の続きが多少気になりながらも、申し訳なさそうに眉を落とす。
「すみません、梓さん…。今日はこのまま早退させてもらいます」
「えぇ⁉︎またですか?」
「マスターには、その…具合が悪いと言っていただけると…」
梓の返答を聞く前にエプロンを外しに掛かっている安室に、彼女はため息混じりに「わかりました」と肩を落とした。
「え〜!ハルお姉さん米花町から引っ越しちゃうの?」
学校で飼育していたニワトリ二匹が老衰で亡くなってしまった為、コナンと少年探偵団らは小学校教員の小林、若狭たちと共に新しいニワトリを譲ってくれるという鳩山牧場へ向かっていた。バスの中、彼女が引っ越すことを知った子供らは寂しそうな表情を浮かべる。
「あぁ。異動で神奈川に行くことが決まったって」
「いつ行っちゃうんですか?」
「来月には今住んでるマンションを引き払わねーといけないらしい」
「来月ってあと一ヶ月もねーじゃんかよ」
「随分急なのね」
「蘭から聞いただけだから俺も詳しいことはわからねぇんだ。仕事も忙しいらしくて報告もメールだったみてーだし」
「ふーん」
「ねぇねぇ!ならさ!ハルお姉さんのお別れ会しない?」
「んなことしなくても神奈川なんて車すっ飛ばせばすぐ…」
「いいですねそれ!」
「博士の家でカレーパーティーなんてのはどうだ?」
「それ元太くんが食べたいだけでしょ?」
「あっ!歩美いいこと思いついちゃった!ポアロ貸切にしてもらうっていうのはどう!?」
「さすが歩美ちゃん!いい案ですね!」
「ケーキやジュースもたくさん用意してくれそうだしな!」
「だから!んな勝手に…」
「するならサプライズがいいですよ!」
「作戦を練らねーとな!」
「じゃあまずはー!」
勝手に盛り上がる子供らを横目に「聞いちゃいねぇ」とため息を漏らせば、灰原に涼しい顔で笑われた。
「えーっと…冬服はこっちの段ボールに入れて…夏服はーっと…ん?新一からメールだ」
【今度ポアロで試食会があるんだけど、ハルお姉さんも一緒にどう?】
他に、少年探偵団の子供たちや、蘭や園子、世良も来るらしい。皆としばらくお別れすることを考えると、会いたい気持ちが募るが、ぐっと気持ちを抑え、引き継ぎでしばらく休日出勤しなければならないという嘘の内容を打ち込む。みんなと離れがたくて、ついこんなギリギリになってしまった。
次、会えるとしたらいつになるだろうか。
灰原やFBIあたりなんかは全てが終わった後、再会できるかどうかさえも怪しい。
ーーそれに、彼だって…。
「もっと早くに、お別れするべきだったかな…」
あの日以来、探偵事務所には行っていない。園子の代わりに安室透が行くと聞いた時、瞬間的にもう、自分の知らない物語りまできてしまったのだと理解した。今まで差し入れなどで事務所を訪れることは度々あっても、原作にはない事件に彼が関わってくることなんて一度もなかったから。
あの時は上手く回避出来たが、今後はそうもいかない。黒の組織が壊滅するまでどれぐらいの時間を有するのか定かではないが、なにがどう原作に関わる行動に繋がるのか皆目検討もつかない今、せめて米花町を出るまでは外出を控えた方がいいだろう。
と、いうか…だ
これはあまり考えないようにしていたのだが、そもそも新一は元の体に戻ることができるのだろうか。
勝手にこの物語の最終回は黒の組織は無事壊滅し、ボスと呼ばれる人物やジンは逮捕され、新一は元の姿に戻ってハッピーエンド…なんて思い込んでいたわけだが、冷静に考えると結末がわからないのだからそうならない可能性だって十分に…
いやいやいや!と首を横に振る。
黒の組織がどうなるのかはともかく、新一には戻ってきてもらわなきゃ困る。関係は進展したとはいえ、これ以上姪っ子の寂しがってる姿を見るのはごめんだ。
「あっ、またメール。今度は光彦くんから?」
断りのメールを送ってから数分後。おそらくコナンと彼は今一緒にいるのだろう。詳しい内容などすっとばして、【30分でもいいから来て欲しいんです!!】の要望だけ来た。嬉しい反面、断らなければならないと思うと胸が痛んだ。
「【ごめんね…】っと」
「ね!安室さんいいでしょ?」
「そう言われても…」
鳩山牧場で起こった事件は無事解決し、コナン達と帰りのバスを待っている間、近々米花町を離れるらしいハルのためにサプライズパーティーを企画している話を聞かされる。しかし肝心のハルが来れない為、なんとしてでもポアロに呼べないかと子供らにお願いされているところだった。
力になってあげたいが、今のハルに自分がお願いをしても来てくれるとは思えない。助け船を求めるよう眼鏡の少年に視線を送れば、聡い彼はこちらの要望がすぐわかったようでゆっくりと肯いた。
「おめーら、安室さんに頼んでも無駄だぞ」
「えー!なんでー!」
「やってみなきゃわかんないじゃないですかー!」
「そーだぞ、コナン!」
「だって安室さん今、ハルお姉さんと喧嘩中だから」
「………」
コナン君?
思わず瞬きするのを忘れる。
え?と子供たちが一斉にこちらを向く。風見も「ほぅ」と意味深な表情を浮かべ、興味深そうに顎に手を当てている。君は聞かなくていい。
「あっ、違った。怒らせてるんだった」
「コナン君」
「えー!じゃあハルさんがポアロに来ないのって安室さんのせいってことー!?」
「早く謝ってください!」
「男らしくねえぞ」
孤立無縁になっていく状況をとても楽しそうに見ている少年に「こらこら。いったいどういうつもりだい?」と耳打ちする。笑いを堪えている風見には今日の失態も踏まえ説教する時間を倍に増やそうと心に誓った。
「嘘は言ってないと思うけど?」
何を企んでいるのやら。やれやれ、と首を横に振り、早々に降参する。
「もちろん、君が協力してくれるんだろ?」
うん!と元気よく笑顔で頷く姿は年相応の少年に見えた。
2022.08.03.いいね♡