ミケが書き終わった書類の角を机に当てて整えるとナマエは窓から低く唸る黒い雲を見上げた。今にも雨が降ってきそうだとミケに声をかければ彼は顔も上げずにあぁ、と小さく言う。ミケは寡黙を体現したような男で、こちらから話しかけねばなにも話さずに1日を終えるのではないかと思うほどだ。副官を務める身としても、また恋人としてももう少し喋ってくれても…、と思うところもあるのだがミケは誰に対してもそういう態度であるし彼が突然某分隊長のようにぺちゃくちゃと話しだしても気持ち悪い。
「(無口なとこも好きだしね…)」
「…何を笑っている」
「えっ…わ、笑ってました?すみません、」
「謝ることはないが…」
「ちょっと思い出し笑い、というか、…何でしょうね」
「俺に聞かれてもな」
「ですよね」
ナマエは整えた書類を胸に抱えるとエルヴィンに提出してくるからと部屋のドアに手をかけた。するとその時、窓の外から眩い光が射し込み一瞬部屋を照らす。そして間もなくけたたましい音をたてて雷が落ちた。
「びっくりした…けっこう近かったんじゃないですか?」
「……」
「………ミケさん?」
返答がないのを不思議に思い振り返るとさっきまでそこにいたはずのミケの姿が何処にもない。
「あ、あれ…?ミケさん?」
デスクに近づくと書きかけの書類とさっきまでミケが持っていたペンが無造作に置かれていた。ナマエは徐にペンに手を伸ばすと窓の外でもう一度大きく雷が落ち、それに合わせてがたりとデスクが揺れる。まさかと思いデスクの下を覗くとなんとミケが大きな体を丸めてそこに縮こまっていた。
「ミケさん…どうしたんですか?」
「………ペンを落とした」
「ペンならデスクの上にありますけど」
「……………」
「…………もしかして、雷が怖いんですか?」
ミケは答えなかったが無言は肯定ととっていいだろう。降りだした雨の音がしんと静まり返る部屋に響く。
「(知らなかった…というかかわいい…って言ったら怒るかな)」
「……笑わないのか」
「え、…な、何で?」
「いい年をして、しかもこんな図体のでかいやつが雷なんか怖いなんて…おかしいだろう」
「……いくつになっても怖いものは怖いですよ。からだの大きさも関係ないですし、むしろかわい……いえ、つまり…何にもおかしくなんか無いです」
とりあえず出てきてくれとナマエは持っていた書類をデスクに置いてミケに手を伸ばす。しかしその手が握られることはなかった。自分に構わず仕事をしてくれとさらに肩を縮めるミケにナマエは何故かきゅんと胸が跳ねるのを感じた。
「怖いなら…だ、抱き締めて…あげましょうか」
「……」
「ほ、ほら…子供とか、抱っこしてもらうと落ち着くって言うし、」
「俺は子供じゃない」
「そうですけど……胸くらい、貸しますよ」
ミケの前にしゃがみこみ両手を広げて待つこと数十秒。ミケはまるで熊のようにのそりとデスクの下から出てくるとナマエの脇に手を射し込み軽々と持ち上げた。そしてそのまま椅子に腰かけ向かい合うように自分の膝の上にナマエを乗せる。
「これでいい」
「え、でも…これじゃあ私が抱っこされてるみたいです、けど」
「俺はこれがいい」
ミケはナマエの背中を擦りながら髪の毛にキスを落とした。ばっと勢いよく上がった真っ赤な顔に思わず口元がゆるむ。
「ナマエ…キスするぞ」
「そ、それ…は、…雷が怖いから、ですか」
「お前としたいからだ」
「あ、…じゃあ、ど、どうぞ」
「あぁ」
ちゅ、と軽く口付けすぐに離れるとナマエはぱちくりと目を瞬いてそれからちらりとミケを見上げた。
「…足りないか」
「べ、べつに…そういうわけじゃ、」
「そうか。俺は足りない」
顎に手をかけ少し上を向かせると今度は噛みつくように口付ける。深くなるにつれ力が抜けていく体を支えながら、ミケは目線だけを窓の外に向けた。窓を打ち付ける雨粒がより一層勢いを増す。
「…怖いですか?」
「………お前がいれば怖くない」
「じゃあ…雨がやむまでこうしてます、か?」
「いい考えだ」
ミケは背中を丸めナマエの首に鼻を擦り付けるとすん、と息を吸い込みジャケットに手をかける。
「ミ、ミケさん…仕事中、」
「抱っこで満足するわけないだろう。俺は大人だからな」
「でも、あの…書類も団長に持っていかなきゃ…」
「雨が止んだらな」
ミケは慣れた手つきでナマエのジャケットを脱がしごそごそと服をたくしあげると現れた白い肌に文字通りキスの雨を降らせた。