古くなった木の扉が音をたてて開く。この家の扉をノックもなしに開けるのは一人しかいない。そして、こうしてその扉が開かれることはきっともう二度とこないだろう。今日が、最後だ。
「まだ起きていたか」
「あなたを待っててあげたのよ…どうせ来るだろうと思ったから。こんなに遅い時間とは思わなかったけど」
「…そうか。すまないな」
「別に怒ってないわ。……まぁ、あなたもいろいろあったものね。何一つ力になってあげられなかったけど」
「構わないよ。もともと君には関係ないことだ」
「…そうやって、守ってくれなくてもいいのよ」
「…」
エルヴィンの右腕にそっと触れる。そこにもともとあるはずの質量は不自然に途切れていて、役目を果たしきれない袖がゆらりと揺れた。
「こんなに、なってまで…やらなきゃいけないことなの?」
声が震える。ぎゅ、とエルヴィンの服を握りしめ歯を食いしばった。エルヴィンの前では泣かないと決めたのだ。
「あぁ…俺の、夢だ」
「……くだらない。あなた、今回はきっと死ぬわ」
「そうかもしれないな。君に会えなくなるのは寂しいよ」
「っ…あなたなんて、死ねばいいのよ!早く、死んで……楽になりなさいよ、」
エルヴィンの左腕が背中に回って引き寄せられる。こんな時でさえ素直になれない自分に腹が立つ。しかしエルヴィンが様々な柵から解放されて、楽になればいいと思うのは本心だ。大分可愛いげのない言い方だったが、エルヴィンにはきっと伝わっている。
「…もう行くよ。顔を見れて良かった」
「……そう、」
「ナマエ……元気で、いてくれ」
「それって命令?私は兵士でも、あなたの部下でもないわよ」
「はは、…知ってるよ。これは、俺の細やかな願いだ」
エルヴィンの胸が揺れる。笑ってるなら、その顔を見たい。そんな思いで頭を持ち上げると口付けられた。かさついた唇に舌を這わすとエルヴィンも自らのそれを絡める。
「………エルヴィン、」
「ん?」
「私も…寂しい、のよ」
「……ナマエ」
「ひとりにしないでよ…」
「…絶対に帰ると約束は出来ないが、君のために最後まで諦めないと誓うよ」
背中に回っていた腕がするりと下ろされて体が離れていく。引き留めることなど、出来ない。エルヴィンはゆるく微笑んでナマエの髪をそっと撫でた。
「(何か、…言わなきゃ…でも…)」
何を言えというのだ。今更行くなと泣きついたところでどうにもならない。
エルヴィンは踵を返す。ナマエはついに声をかけられないまま、彼の背中にある翼をただ見つめていた。
決戦の前日