壁外調査を5日前に終えた調査兵団は直後こそ暗く澱んだ空気であったが今朝にはいつもの活気を取り戻しつつあった。大量の報告書を抱えてせっせと廊下を歩くナマエは溜まりに溜まった疲れを押し出すように深くため息をつく。分隊長補佐という仕事は楽ではない。先の調査で前任の補佐官が殉職したおかげで急遽昇進となったナマエは今までと比べ物にならないほどの仕事量に文字通り目が回りそうだった。
「失礼します」
軽くノックをした扉の奥から返事が聞こえたのを確認してそれを開ける。部屋の主であるエルヴィンはこちらをちらりと見るとすぐにその目を伏せて滑るようにペンを走らせながらそこに置いておいてくれ、と静かに言った。
「…あの、」
「何だい?」
「コーヒーか紅茶をお持ちしましょうか」
「…」
「カップが、カラのようでしたので…その…、すみません余計なお世話でした、」
敬礼をひとつして踵を返すと小さく呼び止められる。そろりと振り返れば空っぽのカップを持ち上げたエルヴィンが眉を少しだけ下げて笑っていた。
「中身は任せるよ」
「は、はいっ」
「ナマエ」
「は、…」
「ありがとう」
カップを受け取るナマエの両手を自分のそれで包むとエルヴィンは優しく引き寄せた。反射的に体に力を入れてももともと体の小さなナマエではエルヴィンに敵うはずもなくその体は広い胸板へと吸い込まれる。ナマエはただ受け取ったカップを落とさないように両手に力を込めた。
「わっ、す、すみませ…っ!」
「ミケではないが、君はいいにおいがするな」
「え!?」
すん、と首元を掠める空気に思わず体を離すが腰に回った逞しい腕が再度それを引き寄せる。困ったように眉を寄せて赤面するナマエにエルヴィンはカップを落とさないようにと囁くように言うと小さな桃色の唇に触れるだけのキスをした。