暗い廊下に一筋の光が浮かぶ。エルヴィンは足音をたてないようにそっと近づくとひとつだけ灯りのついたその部屋を覗き込んだ。


「…ナマエ?」

「エルヴィン団長…お疲れさまです」

「あぁ…こんな時間まで何をしてるんだ」

「ちょっと、眠れなくて…本でも読もうかと思って」


そこは物置として使っている部屋だった。以前は書庫として本や資料を置く場所だったがいつの間にか不要になった資材なども増え、今では誰も寄り付かない場所になった。


「こんなところで読書を?」

「けっこう落ち着きますよ。私狭いところ好きなんです。ちょっと埃っぽいですけどね」


にこりと弱々しく微笑むナマエの目の下にはうっすら隈が見えた。どうやら眠れていないのは今日だけではないらしい。エルヴィンは部屋に足を踏み入れるとゆっくりとナマエに近付いた。彼女が持つ本を棚に戻すとその手を引いてそこを出る。


「あの、…エルヴィン団長?」

「眠れないのなら少し私に付き合ってくれないか」

「はぁ…構いませんが…」


いったい何にだろう、とナマエは首を傾げた。エルヴィンのことだから仕事だろうか。何せ彼は普段からナマエには考えられない量の仕事をこなしている。補佐官が何人か居るようだが、この時間ではもう宿舎に帰っているだろう。手を引かれるままについていけばやはり団長室に着きエルヴィンに続いて中に入る。デスクの上に積み重なっている書類の束にやっぱり、と思ったが彼女の予想とは別にエルヴィンはナマエをソファに座らせた。


「団長…?」

「ん?」

「仕事をするのではないのですか?」

「就業時間はとっくに終わっているだろう」

「はぁ…ですが、それなら何故…」

「私もそう仕事ばかりしているわけではないさ」


エルヴィンは可笑しそうに笑ってテーブルに氷の入ったグラスをふたつと酒のビンを置いた。きょとんとしているナマエを見てまたひとつ笑みをこぼすとエルヴィンはナマエの隣に腰掛けグラスに酒を注いでいく。


「あ、私が…!」

「今はプライベートだ。余計な気遣いはしなくていい」

「ですが団長にそんなこと…」

「では今だけ団長という肩書きは捨てよう。ここにいるのはただのエルヴィン・スミスだ」


エルヴィンは酒が注がれたグラスをナマエに持たせると自分のグラスを軽くそれにぶつけてにこりと笑う。普段凛々しい姿ばかり見ているからか、その優しい微笑みにナマエは不覚にも胸が高鳴った。目線をそらしいただきます、と小さく言うと受け取ったグラスに口をつける。相当アルコールがあるようで、口に含んだ瞬間ぐらりと視界が揺れた気がした。酒は飲めるがあまり得意ではないナマエは鼻腔を抜ける香りだけで酔ってしまいそうだった。


「少しきつかったか?」

「っ…、げほ…っ…大丈夫です、」


口に含んだ分をごくりと飲み込むと持っていたグラスをテーブルにおく。エルヴィンには悪いがナマエはこれ以上飲める気がしなかった。その様子を見ていたエルヴィンは笑みを浮かべると自分のグラスを空にしてからさて、と身を乗り出した。


「君が眠れない理由を聞いても良いかな?」

「いえ、あの…大した理由ではないんです」

「………壁外調査での事を気にしているのか?」

「っ……!」


びく、とナマエの肩が揺れる。おおよその検討はついていたものの、今の反応ではっきりした。先の壁外調査でナマエの班は彼女ともうひとりを残し全滅だったのだ。残ったもうひとりも片足を食われ今もベッドの上だ。もう一緒には戦えない。


「あれは君のせいじゃない。それはわかってるんだろう?」

「………はい。でも、離れなくて…、目を閉じると仲間が巨人に飲み込まれる瞬間を、嫌でも思い出しちゃうんです。新兵じゃあるまいし、今更…何言ってんだって、感じですよね…、」

「あの状況では無理もない。君が生きていてくれて良かったよ」

「……怒らないんですか?…兵士失格だ、って」

「誰かにそう言われたのか?」

「いえ…私が、そう思ってるだけで…」


ナマエは俯きぎゅ、と手を握りしめる。エルヴィンはその手にそっと自分のそれを重ねると持ち上がった頭に反対の手を回し自分の胸に引き寄せた。


「だ、んちょう…」

「君は立派な兵士だ。だからこうして生きて壁の中に居るんだろう?」

「…でも、私…私だけ、無事で、みんなに申し訳なくて…」

「亡くなったもの達に負い目を感じるのは悪いことじゃない。だが、後悔はしてはいけない。君は亡くなった班の仲間に生かされた。それを忘れるな」

「っ、はい…、」

「もう一度言うよ…君が生きていてくれて良かった」

「ぅ、っふ、……うぅ、」


大粒の涙がナマエの頬を伝っていく。それがエルヴィンのシャツに染みを作っても決して腕を緩めなかった。しばらく泣いたあとナマエはそのままエルヴィンの腕の中で眠ってしまっていた。胸にもたれるように眠るナマエの頬をそっと撫でるとエルヴィンは愛しげに目を細める。


「おやすみ、ナマエ」


ちゅ、と髪の毛にキスを落としてナマエをゆっくり抱き上げる。エルヴィンは自室のドアを開けてナマエをベッドに寝せると自分もその隣に横になった。明日の朝どんな反応をするか楽しみだ。そう思いながら前髪をさらりと撫でるとエルヴィンも静かに目を閉じた。


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