重たい瞼を持ち上げるとまだ薄暗い部屋の中をぼんやりと見回す。昨日は(と言っても眠った頃には日付は変わっていたが)普段よりだいぶ遅い時間にベッドに入ったけれどいつもの時間に目が覚めた。むくりと体を起こし伸びをすると足元に置いてあるジャージに着替える。リビングのソファではエルヴィンが眠っているはずだがパーテーションで仕切ってあるためこちらは見えないだろう。


「あ、おはようございます」

「おはよう。早いな」

「エルヴィンさんこそ。やっぱりソファじゃ眠れませんでしたか?」

「いや、私は普段からあまり寝ない。癖なんだ。それより、もう仕事へ行くのか?」

「いえ、朝起きたら走るのが日課なんです。私の仕事ってデスクワークで運動不足になっちゃうので。…エルヴィンさんも行きます?」

「じゃあご一緒させてもらおうかな」


起きているとは思わなかったがそれならそれで好都合だ。エルヴィンにも名前の住むマンションの周辺だけでも知っておいてもらったほうがいいと考えていたため、毎朝の習慣のついでに案内出来るのならまさに一石二鳥だ。予備のジャージ(少し女っぽいデザインだが、それも着こなしてしまうのは流石だ)を着てもらい玄関に向かう。



「あ!」

「どうした?」

「そういえばエルヴィンさんの靴がありませんでしたね」


自分のスニーカーに足を入れふと横に置いてあるエルヴィンのブーツに目を向ける。服はまだ何とかなっても靴までは流石にサイズが合わないだろう。既に着替えてしまったことだし仕方なく今日は散歩にしましょう、と話すとエルヴィンは心配しなくていいと笑顔を向けた。普段の訓練もこのブーツを履いてしているので走るぐらい問題ないというのだ。名前にはどうやっても運動に適している靴には見えないが、実際履くのはエルヴィンでその本人がいいと言っているのだから良いのだろう。ブーツを着用しジャージを被せれば一瞬見たくらいではそれだとわからない(そもそもそんなに人はいないが)。改めて外に出ると朝の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ。体の空気を丸ごと入れ替えているような感覚がして名前はこの瞬間がとても好きだった。


「じゃあ行きましょうか。普段はこのマンション…あー、建物?の周りを回っているんです。いい機会なのでエルヴィンさんを案内しますね」

「あぁ、頼むよ。ありがとう」


マンション、という言葉に不思議そうな顔をしたのを見逃さずに説明を付け加える。カタカナで表記されるものの全てが駄目というわけではないらしいが、所々話が通じないところが出てくるのだ。それは主に電化製品だったりわりと近代的なものが多く、エルヴィンの世界にはそもそも電気というものがないのではと名前は思っている。あるのが当たり前だったそれの原理を上手く説明することが出来ない歯がゆさもあったが、エルヴィンは名前の拙い説明を一生懸命聞いては頷いてくれていた。


「(優しいよね、この人…)」

「…名前?どうかしたのか」

「…いえ、行きましょう」


話ができるくらいのペースで走りながらエルヴィンがわからないものの名前を答えたり交通ルールを教えたり、移動手段は主に馬車だという彼に車を見せたりいつもより時間がかかりそうだとその分コースを短縮して何とか調整する。辺りを一周してマンションに戻ると軽く息を整え(エルヴィンは息切れもしていなかったが)行く前よりどこかきらきらとした、まるで子供のような表情のエルヴィンを見て名前は思わず小さく吹き出した。


「どうでした?」

「あぁ…興味深いものが多いな。車…だったか?あのスピードと機動力があれば壁外でも巨人の間をすり抜けていけそうだ」

「あはは…」


名前には巨人の基準がそもそも分からないがここで口を挟むような野暮なことはしない。部屋へ戻るとエルヴィンに水を渡して朝食とエルヴィンの昼食の用意に取り掛かる。平日はどうしても面倒でろくに料理もしていなかったがそれ自体は嫌いではない名前は久しぶりに自分の弁当も作ろうかと張り切っていた。誰か食べてくれる人がいるというだけでこうもやる気に差が出るものかと名前は自分の単純さに呆れながら手を動かす。


「すまない…普段料理をすることがないから手伝うことも出来ないな」

「気にしないでください。それより嫌いな食べ物とかあります?」

「いや、特にないよ」

「はーい。すぐ出来ますから待っててくださいね」


普段は主にパンとスープのみの質素な食事を摂っていたというエルヴィンに是非ここにいる間だけでも美味しいものをと何故か使命感に満ち溢れる名前だった。しかしそれと冷蔵庫の中身は比例せず、普段のサボリが仇になり食事は冷凍食品のオンパレードだ。それでもエルヴィンにとっては豪華な食事だが、名前は何となく申し訳ないような気持ちになる。


「お昼はお弁当箱に詰めちゃったのでそれ食べてくださいね。食べたら流しに置いておいてもらえれば帰ってきてから洗うので」

「…すまない」

「こんな時はお礼が聞きたいです」

「そうか…名前、ありがとう」

「どういたしまして」


朝食を済ませ食器を片付けるとスーツに着替えて鞄を掴む。エルヴィンが暇を潰せるようなものはテレビくらいしかないが、今日1日なら大丈夫だろう。明日からは何をしていてもらおうかと頭の隅で考えながら今朝ついでに作った自分の弁当を持った。


「もし誰か訪ねてきても出なくていいですからね。何か、火事とか…自分の命が危険だと思うようなことがなければ家からなるべく出ないでくださいね。それから…」

「昨日も説明してくれただろう?大丈夫だよ」

「そうですか?…そうですよね、それじゃあ、行ってきます」

「あぁ…行ってらっしゃい」

「!…はい、行ってきます!」


返事が返ってくることに何とも言えない感情が胸から湧き出てくる。今日は仕事が捗りそうだ。そう思いながら名前は珍しくスキップなんてしながら会社に向かった。