「ナマエ・ミョウジさん?」


昼休みにリヴァイの元へ例の紅茶を届けた帰り道のことだった。名前を呼ばれ振り返ると書類の束を胸に抱えた女性兵士がそこには居て、笑みを浮かべながら小柄な故か少し上目遣いでナマエを見る。見覚えのない顔だった。いや、見たことがあるかもしれないがどちらにしろナマエは覚えていない。


「そうですけど…何か」

「私、昨日付けでエルヴィン団長の補佐官をすることになったんです」

「………」

「あなた、エルヴィン団長の恋人でいらっしゃるのよね?ご存じなのかと思って」

「知りませんでしたけど。それが何ですか?」


彼女はくすくすと笑ったあとごめんなさいね、と小さく言った。物腰は柔らかだが何となく勘にさわる女だとナマエは思う。


「私…エルヴィン団長が好きなんです」

「…何故、私に言うんですか?本人に伝たら良いのでは」

「余裕がおありなんですね。これからは私の方があなたよりずっと団長の側に居ることができるんですよ?」

「補佐官なんだから、それは当たり前でしょう」


目の前の女が何を言いたいのかナマエにはわからなかった。エルヴィンの補佐官になったから何だと言うのだ。何となく苛つくのを抑えながら出来るだけ無表情で応える。


「今付き合っているからって油断しない方がいいですよ?人の気持ちは移り変わるものですから」


では、と軽く頭を下げて女はその場を去っていった。彼女の挑戦的な笑みが頭の隅に貼り付いて気分が悪い。


「今のは宣戦布告だね」

「……ハンジ分隊長」


何時からそこに居たのか、物陰に隠れるようにして顔だけ出しながらこちらを見ているハンジと目があった。一応敬礼するとそういうのはいいよぉ!と腕を持って下げられる。


「ライバルかぁ…燃えるね、こういうのは!」

「…燃えませんよ」

「そうかい?でも、ナマエの方が有利だよね、恋人なんだから」

「恋人…ですけど。そこに団長の気持ちはありませんから」

「(おや…?)」


ナマエとエルヴィンは恋人ではあるがそれは名前だけでそこに気持ちや想いなど存在しない。お互いの(と言っても主にエルヴィンの)必要なときだけ恋人になる、都合の良い存在なのだ。今まであまり考えたことも無かったが改めて自分とエルヴィンの関係を考えるととても異質で、とても虚しい。


「エルヴィンに会いに行ってみれば?」

「……特に用事はありませんが」

「良いんだよそんなのは!彼女なんだから用がなくたって会いに行けば良いんだって」

「でも私たちは……ハンジ分隊長、!」


ぐいぐいと手を引かれ早足で廊下を歩く。団長室の前まで来るとハンジはノックもせずに扉を開くだけ開いてナマエを中に押し込むとそれを閉めた。取り残されたナマエは何とも言えない沈黙の中突然の訪問者に驚くエルヴィンとゆっくり目を合わせた。


「ナマエ…どうかしたのか?」

「え…えっと、……あ、会いに…来ました」

「私に…会いに?」

「…はい」


そうか、とエルヴィンはペンを置いて立ち上がりナマエのもとに歩み寄る。目の前まで来るとナマエの手をとりソファへと促した。


「では少し話そうか」

「仕事の…お邪魔ではなかったですか」

「そんなことは気にしなくて良い」

「…すみません」

「謝る必要もないよ。…さて、何を話そうか」

「……補佐官を、付けることになったと聞きました」

「ん?あぁ、補佐官と言うほどでもないが。このところ忙しくてね…書類整理だけでもやってくれる者が居ると助かるんだ」

「そうですか…」

「誰からこの事を?」

「本人から聞きました」

「…そうか」


口元に手をやり考える素振りをするエルヴィンを見ると胃が空いたような、もやもやとしたものがわき出てくるよな感覚を覚えた。何を、考えているのだろう。


「あの人…エルヴィン団長が好きだと、言っていましたよ」

「……」

「恋人役ならそう言う人の方が、…言ってくだされば私いつでも…やめますから」

「ナマエ…彼女の私に対する気持ちには気付いていたよ。気付いていて、補佐につけた」

「…そう、なんですか」

「それに恋人役は出来るだけ私に無関心な方がいい…君のように」

「………」


エルヴィンの言葉がずん、と重りのようにのしかかる。確かに無関心だったかもしれない。けれど実際言葉にされて、ナマエは自分の気持ちに矛盾を感じとる。


「…それなら、尚更やめなければいけません」

「……ナマエ、」

「すみません私…もう恋人役は出来ません」


エルヴィンに頭を下げてナマエは早足で団長室を出た。ドアを開けるとそこに張り付いて聞き耳をたてていたハンジと目があったが、それどころではなく顔を背けてその場を去った。開けっ放しのドアからハンジがなかを覗くとエルヴィンがソファに座ったまま項垂れていた。


「ごめん…余計なことしちゃったかなぁ」

「………いや」


エルヴィンはナマエを追いかけなかった。しかし確かに感じた手応えに、口元をゆるりと持ち上げた。