噂が流れてからというもの、ナマエの上司は事あるごとに彼女をエルヴィンのもとに行かせようとする。しかし今日はもう三度目だ。行ったところで書類を渡してそのまま引き返すだけなのだが、あんまり戻るのが早いともう少しゆっくりしろだのせっかく気をきかせてるのにだのと言われるのがわかってきたので最近は少し遠回りをして帰るのが習慣になりつつある。
「失礼します」
ノックに返事が返ってきたことを確認して団長室へと入った。持っていた書類を渡すとありがとう、とにこやかにそれを受け取ったエルヴィンに敬礼をして踵を返す。するとけたたましい音を立てて団長室の扉が開かれ(後にそれはリヴァイ兵士長が足で蹴り開けたためだと知る)リヴァイ、ハンジ、ミケの順にぞろぞろとそこへ入ってきた。ナマエは三人に向かって敬礼をすると早足で団長室を出ようとするが寸でのところでエルヴィンに名前を呼ばれ振り返る。
「ナマエ、彼らには事情を話してあるんだ」
「は…?」
「私たちの関係が嘘だと知っている」
「あぁ…はい」
「どうでもいい、という反応だな」
「いえ、そういうわけではありません」
「そうか…ではこちらに来なさい」
手招きをされてまたエルヴィンのもとに近寄った。三人とは廊下ですれ違うことや訓練の際にその姿を見かける程度でしがない一般兵であるナマエは殆ど初対面であるし話したこともない。敬礼をしながら所属と名前を名乗るとおもむろにミケ分隊長が近寄ってきてその大きな体を折り曲げナマエの首元をすんすんと嗅ぎ始めた。あぁこれが、と同期からミケの癖を聞いていたナマエは自分の側に寄る彼の顔をまじまじと見る。このような機会はもう来ないだろうと閉じられた目を縁取る意外に長い睫毛だとか通った鼻筋だとかをここぞとばかりに見つめた。
「あれ?普通はみんなここで引いちゃうんだけどなぁ」
「…同期から聞いていましたので」
「あぁなるほどね。私はハンジ・ゾエ。よろしくね、ナマエ」
「よろしくお願いします」
差し出された手を握るとナマエも大変だねぇ、と何故か少し楽しそうに笑った。何が、とは聞かなくてもわかるだろう。ええ、はい。と簡潔に答えると一瞬目を見開いて彼女はまた笑った。
「おい、邪魔だ」
「あ、すみません」
後ろから投げかけられた澄んだ声はリヴァイ兵士長のものだった。彼はふわりと立ち上る紅茶の香りとともにそこに立っていて(自分の分しかないらしい)少し下に目線を下げると舌打ちとともにものすごい形相で睨まれる。
「見下ろすんじゃねぇよ」
「すみません」
そんなつもりは全く無かったがリヴァイよりいくらか背の高いナマエは自然と彼を見下ろす形となっていた。ナマエは数歩後ろに下がるとその距離を確かめるようにちらりとリヴァイを見る。
「…何してやがる」
「近くにいると見下ろしてしまうので真っ直ぐ目線が合うまで下がってみました」
「ぶっ…あははははー!」
吹き出すように笑ったハンジを蹴り上げてリヴァイはどかりとソファに座った。そして独特の持ち方で紅茶を啜ると射るような目つきでナマエを睨む。人は第一印象が大事というが、リヴァイにとってナマエの印象は最悪らしい。
「さて、自己紹介も済んだことだしナマエは仕事に戻るといい。すまなかったね」
「いいえ、失礼します」
エルヴィンに許しをもらいナマエはまた敬礼をひとつして団長室を出た。その後四人は何を話していたのだろう。ふとそんな疑問が頭をよぎるがそれをナマエが知ることはない。