(パスなしですが若干不健全かもしれないので注意)
ミケ・ザカリアス。ナマエが新しく配属されることになった分隊の隊長の名前である。先の壁外調査で欠員が多く出たための異動だが、ここではそれほど珍しくもないことだ。ミケとは今まで一切接点がなく顔もぼんやりとしか思い出せないが、やたら背は高かったのを覚えている。顔合わせもかねて今日これから行われる訓練に参加するらしいが、リヴァイに次ぐ実力者と名高いだけにナマエは気持ちを高揚させる。
「で、何これ」
いざ訓練へと来てみれば何故か今回異動になった兵士だけがずらりと一列に並ばされている。他の兵士は皆訓練を始めているというのに、この状況は何なのだとナマエは首を傾けた。
「お前知らないのかよ」
「………何が?」
隣に立っていた男が小声で話しかけてきたのでそれに答える。彼が言うに、これはミケの分隊に入る際に全員通るべき門なのだという。ミケは初対面の人間のにおいを嗅いで(ついでに鼻で笑って)それを記憶するという。つまりこれは、ミケににおいを嗅いでもらう(という言い回しには少し抵抗があるけれど)為の列なのだ。それを聞いてナマエは背筋に何かが這い上がるような感覚を覚える。
「(へ、変態じゃん…)」
ちらりと横をみれば先頭の兵士が今まさににおいを嗅がれているところだ。ミケは大きな体を曲げて首の辺りをすんすんと嗅ぐとふっ、と笑いまた戻る。逃げ出したい。ナマエの頭はその言葉で一杯だった。しかしそんなナマエの心とは裏腹にミケは一人、また一人とにおいを嗅いでは近付いてくる。そしてついに、ミケはナマエの目の前までやって来た。ナマエはこくりと唾を飲み込む。
「……」
「……」
無言のまま見つめ合うこと数秒。ミケが体を屈めようとしたその時、ナマエはつい反射的に後ずさりそれを避けた。辺りが一瞬ざわついたのを聞いてナマエはしまったと顔をあげる。
「す、すみません…」
「……」
「その、私……無理です」
「……何がだ」
「におい嗅がれるの、耐えられません」
「……」
ミケは表情を変えないまま一歩前へ出た。するとそれと同じだけナマエも下がる。何度かそれを繰り返し二人は随分と列から外れてしまった。
「な、何で追いかけてくるんですか…!」
「お前が逃げるからだ」
「私は飛ばして次の人を嗅いだらいいじゃないですか!」
「俺はお前のを嗅ぎたい」
「!?や、やだ…絶対やだ!」
ナマエは訓練のために身に付けていた立体機動で空中へと逃げる。訓練場にはそれ用の巨大樹の森がいくつかあり、立体機動を使うにはもってこいの場所だ。しかし立体機動を身に付けているのはミケも同じ。ミケは素早くグリップを握るとナマエの背を追いかける。
「(は、はやっ!私なんかが分隊長に立体機動で敵うわけないじゃん!)」
ナマエは必死に逃げ回るが、ミケはそれを追いかけながらふと我に返る。自分は何故彼女をこんなにも追いかけているのか。思えば今までこんなにはっきり拒絶されたことはないかもしれない。嫌そうな顔をするものも居たが皆それなりに受け入れてくれた。しかしナマエは違う。においなんか嗅がれたくないと立体機動まで使い逃げ回っている。その新鮮な反応が逆にミケを掻き立てるのだ。
「鬼ごっこは終わりだ」
「っ、わぁ!?」
ミケはナマエの横に回り込み体を反転させると腹に腕を差し込んで肩に担ぎ上げる。ゆっくりと下に降りると適当な木にその背を押し付け手は縫い止めるように自分の手で押さえつけた。
「じっとしていろ。すぐに済む」
「っ、!」
ずい、と顔を近づければナマエは目をつぶり顔を背けた。ミケは内心苦笑しながらすんすんと鼻で息を吸い込むと汗のにおいに混じって甘い砂糖菓子のようなにおいが鼻を掠める。普段甘いものは(においも、食べ物も)好まないミケだが何故だか酷くそそられる。ミケはさらに顔を近づけると薄く色付く首筋に舌を這わせた。
「ひぃっ!?な、なに…」
「…うまい」
「何が!?ちょ、やめ…っ」
ナマエがばたばたと暴れ始めるとミケは押さえつける手に力を込め、蹴られては敵わないときゅっと閉じられた内股に膝を割りいれた。ちゅ、とついばむように首筋に口付けるとそのまま柔らかな耳朶をあま噛みする。
「あっ…!な、何するのこの変態!」
「(変態…)」
ナマエはキッと睨み付けると掴まれている手首を動かそうとするが、少し浮いただけでまた木に押し付けられた。
「は、離してください、よ…もうにおい嗅いだんですよね(ついでに舐めたしね!)」
「離したら逃げるだろう」
「逃げますよ、そりゃあ…」
「なら駄目だ」
「な、何で?」
「………何故だろうな。俺にもわからん」
ミケはそっとナマエの手を離すと背を向けた。ナマエは呆然とその背中を見つめていると、ミケは顔だけで振り向いてナマエを見る。
「…逃げるんじゃなかったのか」
「!……に、逃げますよ」
「あぁ」
「………、」
ナマエはミケに背を向けるとグリップを握りトリガーに手をかける。
「ナマエ…立体機動は中々のものだった。期待してるぞ」
「あ、…はい…!(名前、知ってるんだ…)」
アンカーを飛ばし宙を舞うとナマエはこっそり振り返った。背を向けていたはずのミケはナマエの方をじっと見つめていて、一瞬視線が絡み合う。何故かどくりと脈打つ胸に首を傾げながらナマエは訓練場へと戻っていった。
バッドエンドの卵