午後の日差しが少し暑いくらいで、訓練中は皆ジャケットを脱ぎシャツを肘まで上げていた。少し離れた木陰で膝を抱えながら訓練の様子を見ていたナマエは、後ろから近づいてくる足音に視線を向け軽く片手を上げた。
「サボりか」
「違いますー」
「じゃあ何だ」
「エルヴィンが、少し顔色が悪いから休んでろって。別に何ともないけど、エルヴィンの優しさが嬉しくて甘えたの」
「そうか」
「うん」
歩み寄ってきたミケはナマエの隣に立ち止まるとちらりと彼女を見る。ただでさえ身長差があるのに座っているからいつもより余計に見上げている。それに気づいたのかミケはナマエの横に腰を下ろした。そして背を向けたかと思えばそのまま頭を倒しぐりぐりと押し付けるように首を横に振る。
「ちょっと、何よ」
「横になるから膝を貸せ」
「ここで?寝るなら部屋に戻りなさいよ」
「ここがいい」
「…あ、そう」
ナマエは抱えていた膝を伸ばすとミケの頭がそこに乗る。すぐに目を閉じたミケに小さくため息をはいてナマエは下げていた視線を上げた。
「またエルヴィンを見てるのか」
「そう」
「…見てるだけか」
「うるさい。膝かしてあげてんだから黙って寝てなさいよ」
いつの間にか目を開けていたミケの視線を遮るように目元に手を置いた。そのまま黙ったミケの顔を何となく撫でながら再びエルヴィンに視線を向ける。
ナマエは長い間エルヴィンに片想いをしていて、ミケにはそれを打ち明けてあった。いつの間にか知られていたという方が正しいかもしれない。ミケはエルヴィンとも親しいがナマエの気持ちをばらすこともしなければ余計な(口は出してくるが)世話を焼くこともしないためナマエはよき相談相手として接している。
「そうだ、聞いた?エルヴィンさ、団長になるんだって」
「あぁ、知ってる」
「すごいよね…私らと年もほとんど変わらないのにさ…ほんと、すごい」
「…そうだな」
「………また、遠くなっちゃうなぁ」
「………」
分隊長を務めるエルヴィンは日々の訓練に加え一般の兵士にはない事務仕事もこなしている。団長になればおそらく更に仕事が増え、今も大して近くない彼との距離はもっと遠くなるだろう。
「…もう、諦めちゃおっかな」
「……」
「ねぇ、どうしたらいいと思う?」
「俺に聞くな」
「良いじゃん、いつもみたいに相談にのってよ」
「お前が勝手に話してるだけだろう」
「そうだっけ?」
「そうだ。…人の気も知らないでな」
「?…何それ、どういう意味?」
ミケは腕を伸ばすとナマエの頬にそっと触れる。避けることもなくただ不思議そうに首を傾げるナマエに「好きだ」と、そう告げたら彼女はどんな顔をするだろう。
「え…?」
「ん?」
「い、今……好きだ、って」
「……言ったか?」
「い、言った。ミケ、私が好きなの…?」
じわじわと時間をかけて赤くなっていくナマエの顔を見ながら、そうかこんな顔になるのかと何故か妙に冷静な頭で思った。
「あぁ、好きだな」
「…い、いつから?」
「さぁな…もう忘れた」
「そう…、その…私、」
「返事ならいらない。わかってるしな。俺のことは気にせず、お前は今のままエルヴィンを想ってろ」
ミケは体を起こして立ち上がると軽く服を払った。じゃあな、と言い残してその場を離れようとするミケの腕をナマエは咄嗟に掴んで引き留める。
「……何で、そんなこと言うの」
「…何か間違ってるか」
「え、…?」
「俺はお前が好きで、でもお前はエルヴィンが好きだろう。知ってるさ、ずっと話を聞いてたしお前を見てた」
「ミケ…」
「今更俺が何を言おうとそれは変わらない」
「そう、だけど…でも…」
ぎゅ、とナマエの手に力が入る。ミケはそれを振りほどくこともせずただ見つめている。
「………どうしたら、いいの」
「だから、どうもしなくていい。今まで通りだ。お前が嫌と言うなら、もう構わない」
「っ…だめ!」
ナマエは俯いていた顔を勢いよく上げると今にも泣きそうになりながらミケにしがみつくようにその大きな背に腕を伸ばす。
「……ナマエ、エルヴィンが見てる」
「いいよ…そんなの、どうでも…」
「ナマエ…、」
「だって、…私にもわからないけど…ミケに好きって言われて嬉しいって、思ったんだもん」
「……」
「エルヴィンが好きなはずなのに…、こんなの…」
真っ赤になった顔が再び下を向いた。ミケは少し身を屈めてその顔を上に向かせるとぽろりとこぼれ落ちた涙を指の腹で拭う。
「ナマエ…キスしたい」
「ッ、はぁ!?な、何でよ!」
「駄目か?」
「だ、だめって…いうか…っ」
「じゃあ、嫌か?」
「……嫌では、ないけど」
「そうか」
「っ…や、やっぱりだめ!みんなに、見られ…」
「もう遅い」
優しく合わされた唇は柔らかくて、緊張した体が解れていくようだった。食むように角度を変えながら口付けられ意識がとろりと溶け出すとあつい舌が入り込んでナマエのそれと絡まり合う。
「ぁ、…ミケ…っん」
「ナマエ…好きだ」
「…私も…、たぶん好き」
「たぶんか」
「だ、だって…今やっと、自覚したから」
ごめん、と眉を下げるナマエの額に軽くキスを落としてミケは彼女の手を引いた。逃げるぞ。そう言って早足で歩き出すといつの間にか全員で凝視していたらしい訓練中だった兵士らからの拍手やら口笛やらが響く。
ナマエはちらりと後ろを向いた。エルヴィンと視線が絡み思わずぎくりとしたが、彼の口がおめでとう、と動いたのが見えて何故だか少しほっとしたのだ。
恋がそういうものだとしたら