壁外調査の後は心身ともに疲れが残る。速やかに報告書を書いて提出すると泥のように、少なくとも3日は飲まず食わずで眠るのがナマエのいつものスタイルだった。起きた後は相応の喉の渇きと空腹感に襲われるが、ナマエはそれを感じることで自分がまだ生きているのだと実感する。
「おい、起きろ」
「………なに」
「てめぇいつまで寝てんだ…仕事しろ」
「…報告書なら出した」
「報告書出すだけがてめぇの仕事か?仮にも分隊長だろうが」
「リヴァイに迷惑はかけてない」
「かかってんだよ。現に俺はこうしててめぇの目覚ましがわりになってんだろうが」
何時ものようにエルヴィンに言われて来たのだろう。放っておいてくれれば一人で起きるのに、いつの頃からかエルヴィンは何故か毎回リヴァイを使いナマエを起こさせるようになった。なんだかんだ言いながらきちんと起こしに来るリヴァイも人が良いというか、それとも単に命令だから従っているのか、それは本人にしかわからないけれど。
「…そんなに寝てたら頭に虫でも湧いちまうんじゃねぇのか」
「……夢をみたいの」
「あ?」
「いつも都合よく見たいものが見れるとは限らないけど、…夢の中じゃなきゃ会えない人も居るじゃない…その、もう…」
「…そうまでして会いてぇ奴でも居るのか」
「前は居たけど…今はわからない」
「はっ…何だそれ」
「……今は…リヴァイが、起こしに来る…から、待ってるのかも」
「………」
「……ごめん、まだ夢見てるのかな。…ごめん」
「………」
「………だ、黙らないでよ」
リヴァイは表情を変えないままゆっくりとナマエに近づくとベッドに腰掛ける。ふう、とため息をついて視線だけナマエに向けると静かに口を開いた。
「……何もエルヴィンの命令だからって理由だけでここにいる訳じゃない」
「え…?なに、…それ…」
「まぁ聞け。俺はな、そんなに暇じゃねぇんだよ。これでも兵士長なんてやってるもんだからな。どこぞのバカみてぇに報告書だけ出せば良いなんていい加減な考えも持ってねぇ」
「……」
「それでもここに来ちまうのは…お前だからだ」
「……え」
「迷惑なんて思ってねぇよ」
「リヴァイ…」
「何だその呆けた面は…さっさとベッドから出ろグズ」
「……もうちょっと…夢みてたいんだけど」
「………チッ」
リヴァイは不機嫌そうに舌を打ってベッドに手を付いた。ぎし、と軋むベッドの音と共にリヴァイの顔がゆっくりと近づく。じっとその顔を見ていると突然目元を手で覆われて、あ、と声が漏れる前にぽかりと開いた口が塞がれた。じわりと侵食されるように深くなっていく口付けにまるで本当に夢の中にいるようだと蕩けた脳が錯覚する。
「…気は済んだか」
「うん……あの、リヴァイ…また起こしに来てくれる?」
「毎朝起こしてやるよ。何なら一緒に寝たって良い…いや、むしろ寝かしてやれねぇかも知れねぇが」
「え…」
さっと青くなるナマエの顔を見てリヴァイは口元に笑みを作るとぐしゃりと彼女の前髪を乱し立ち上がった。
「さっさと着替えて出てこい…お前が居ねぇと静かでかなわん」
そう言い残しリヴァイは部屋を出ていった。彼らしからぬ言動にナマエはしばらく呆けていたが、まさか本当に夢ではないだろうかと思わず自分の頬をつねる。確かに痛む頬を擦り、リヴァイの言葉を一つ一つ思い返すと今度はそこを真っ赤に染めて再び布団に突っ伏したのだった。
眠りの国には何でもある