呪いを吐いたのは、そっち
僕の上に跨る女の顔を見る。快楽に溺れ、開いた唇から意味を持たない言葉を漏らしている様は、いつ見ても美しい姿とは思えなかった。もちろん、セックスをしている最中にそんなことを言うほど、僕も空気が読めないわけじゃない。だから、適当に女を煽るような言葉を放って、適度に感じた振りをしてみせる。幸か不幸か、男の身体と言うのは単純なもので、穴に入れて程よく締め付けられながら擦られたら射精をする。そこに、僕の感情なんてものは関係ない。気持ちよくないわけじゃない。身体は的確に快楽を拾うし、拾うからこその反応だ。でも、気持ち良いわけでもない。もう何度も重ねたセックスに抱く感情なんてものはとうの昔に失ってしまったけど、何度繰り返しても、この行為に意味を見出すことはできなかった。
一通り腰を振って満足したのか、女は僕の腹に手を置いて荒い呼吸を懸命に整えていた。女が絶頂を迎えたときに一際強く締め付けられて、僕も薄いゴムの中に何の役にも立つことなく死んでいく精子を放ったばかりである。何度かセックスをして僕が身につけたことといえば、相手が喜ぶ表情や言葉や仕草と射精するタイミングをコントロールする技術だ。要らないとは思うけど、女の機嫌を損ねる方が面倒だということも経験上わかっているので、上手いこと適応しているんじゃないかとも思う。
「はあ、気持ちよかった」
「僕も気持ちよかったです。お姉さんがあまりにもえっちだから、何度も直ぐにイキそうになっちゃった」
思ってもない言葉を並べて、ほんの少し照れたように笑ってみせれば、この女も例外なくどこか自慢げな様子になる。自分よりも年下の男を組み敷いて、自分の中に突っ込ませて腰を振ることのどこに自慢になる要素があるのか、僕にはさっぱりわからない。人間の中ではそれが流行りなんだろうか。だとしたら、とんだ流行りだ。
「静くんのこと、気持ちよくできてよかった。…んっ、」
なんて、わざとらしく艶めいた声を漏らして僕の上から女が退く。流石に、それにも欲情してみせることはできなかった。だから、代わりに頬を染めて困ったように視線をさ迷わせておく。それだけでも、女は意外と満足するものだ。単純。
僕の隣に寝転んで、女は背けた僕の顔を自分の方に向けようと頬に触れてきた。いろんな液体で濡れた手に触られるのは、心底嫌悪感を抱いたけど、そこは大人しく従って顔を向ける。視線が交われば、女は嬉しそうに笑い、僕は照れたように視線を泳がせる。
「ねえ、静くん」
「なんですか?」
「このまま、一緒に死んじゃおうよ」
何故、とは聞かなかった。
「こんなに格好いい静くんとえっちして、そのまま死ねたら最高じゃない?」
そうだろうか。僕を組み敷いてセックスした後に死ぬことの何が最高だというのだろう。人間の考える事はわからない。わかりたくもないのだけど。
「僕が一緒に死んだら、お姉さんは嬉しい?」
「うん、とっても」
それなら、いいですよ。思ってもないのに賛同する。女は嬉しそうに笑うどころか、少し驚いたような顔をした。どうせ、僕に引き留めてもらえると思ったのだろう。どうして、僕がそんな面倒なことをしないといけないというのだろうか。この女の生死など、僕にはどうだっていいことなのに。この女は自分の立場を理解していないのだろうか。
僕はつけたままのゴムを取って口を縛るとごみ箱に放り捨てる。セックスした後の雰囲気も何もなくベッドから降りて、洗面所に足を向ける。後ろで身を起こした女が僕の背中に何か言っていたけど、知ったことか。
一緒に死のう。そう、最初に誘ってきたのは自分だろうに。
洗面所にあるアメニティの中から剃刀を取り出して、封を切る。手首を切るくらいじゃ簡単には死ねないけれど、動脈を切ってしまえば確実だ。剃刀で上手に動脈が切れるかは別としても、どうせ死ぬのなら死に方なんでなんてもいいだろう。
剃刀を片手に部屋に戻ると、女は顔を青くして僕を見ていた。
「それ、どうするの」
「動脈切って、死にましょう。ああ、それとも、首吊りがいいですか?」
にこり、と笑って聞いてあげる。女は蒼褪めた顔を必死に横に振っていた。さっきまで、僕のこの笑った顔が好きだとか言っていたくせに。
「冗談でしょう?」
「あなたが言ったんじゃないですか? 変なお姉さん」
思わず声に出して笑ってしまう。笑う僕とは対照的に、女は僕から逃げようと必死に後ずさっていく。そのまま後ずさると落ちてしまうと思うのだけど、と思った通り、ベッドから落ちた女は痛みに呻き声をあげた。裸で背中から落ちた女のなんとも滑稽なこと。腹を抱えて笑わなかっただけ、僕を褒めてほしい。
「い、いや、来ないで」
「どうして? さっきまで、あんなに愛し合った仲じゃないですか」
怯えるなんて酷い話だ。嫌がる僕を組み敷いて、無理矢理セックスに持ち込んでおきながら、女の誘いにのってあげた僕をまるで悪者みたいに。
「一緒に、死にましょうよ」
ベッドの上に乗りあげ、床を這いずる女を追う。これ以上、下がっても壁しかない。
「ねえ、お姉さん」
僕は女の前に立って、それはもう、女が好きそうな綺麗な笑みを浮かべてやった。
「自分の言葉には、責任を持たないと駄目ですよ?」
まあ、僕は一緒に死んでなんてやらないんだけど。