窮屈

「そういえば、この間、私の帰りを待っている時、星にお願い事をしていた様だけど?」
倉庫街での仕事の後に、彼女との逢い引き。星降る夜の円舞曲。その前に何を願ったのか。書類の山を選別する彼女に声をかけた。
『あの人が無事に戻ります様に』
あの人、というのは素直に私で善いのだろうか。その場では、その人物が自分であれと、隣で口にしたが。
何故なのだろうか。何故か確証が持てなかった。
「お願い、って程じゃないの。ただね、誰かさんに、無事で戻ってきて欲しくて」
「その誰かさんって?」
可愛い部下は、雛菊のように笑み、そんなの決まってるでしょ、と一言。
「私がそんな事お願いするのなんて、母様と上司しか居ないわ」
扉の外の様子を伺ってか、はっきりとしない物云い。先の事があってか、警備の構成員を姐さんの部下へと変えられた。過保護この上無いし、公私混同では無いかと森さんに抗議したが、私がまだ幹部へ昇進して間もないからと一蹴された。
卯羅の両頬を手で包みながら、ふにふにと触る。擽ったいと笑う。もっと近くで見たくて、額を合わせた。眼を閉じ、より近く感じる彼女の存在。呼吸すらも甘い香りがする。
「ねえ、お願いするだけなら、善いんじゃない?」
「お願い?」
「私が太宰さんの無事を祈るのは、当たり前でしょう?大切な“上司”だもの」
「なら、部下の無事を願うのは、上司として当たり前の姿勢だ」
それから暫く、額を合わせた儘、身動きしなかった。私も彼女も。ふと眼を開けると、あの時の流れ星。「無理よ……貴方を愛さないなんて、出来ない」
消え入りそうな、蚊の鳴くような、そんなものよりも小さく、微かに呟いた。
その懺悔にも似た言葉を否定してやりたかった。だが、私にそんな事も出来る筈がなかった。
「卯羅、私はね、こう見えても案外、君が大切なんだ。だから、だから……」
離れてくれ。
無理だ。それこそ私が出来ない。云える訳が無かった。
長外套の裾を広げ、彼女を包んだ。そのままま抱き寄せて、強張った背を撫でる。私の名前を呼びながら震えている。
もう引き返せは出来ない処まで来ていた。知らないうちに、頭まで沈んでいたのかもしれない。初めて見た海底の瞳に。





前の話目次次の話

Latency