紅く灯された灯りの中で。
お部屋に飾る花を生け、客を待つ。
昨日の方は、もういらっしゃらないのかしら。御召し物からして、本当はこんなところに縁も所縁もない方。それがどうして此処に。
「客だよ」
そう声が掛かり、入ってきたのは違う男。「昨日さした相手をしなかったんだから、今日は奉仕しろよ?」
目の前へ乱雑に腰を降ろし、物を近付けてくる。勃ってもいないそれをどうしろと云うのだろう。嗚呼、そこからしろと云うことか。「畏まりました」
「一寸善いかな。彼女の時間、全て私が買ったのだけど?」
男を押し退けるように来た人。新しい常連の方。
「残念だけど、別の子を頼んでくれ給え」
「お、俺は大金を払ってこいつを買った!今までどれだけ注ぎ込んだと思ってるんだ!」
「金?そんなもの、誰だって注ぎ込めるさ。家まで売る者も居るじゃないか」
半ば脅しのように、言葉を並べて、男を追い出した。
「怖かったろ……今朝帰る時に予約を入れれば善かったね。大丈夫、先程、この一週間は私が買った」
自分で云うのも何だけど、一応、私は高級妓女の区分。買う金額だって、競りのように吊り上がる。それを一週間独占。何処にそんな財力が?あの言葉の通り、家を売り払って?
「ゆるり楽しもうじゃないか。時間は長いのだから」
この人になら。
この人になら酷く抱かれても、身体の一部を落とされたって構わない。
「ねえ、今日もしてくださるの?」
「何を?」
彼は笑いながら、私の肩を抱いた。持つ盃に、酒を注いでやりなから、そっと物を撫でる。
「そんなに急かなくても善いじゃないか」
「私、あれ、気に入ったの気に入ったの」
初めて抱かれながら味わった快楽。今までの行為は何だったのかしら。彼だけじゃなくて、私も満足できる、優しい心地。
「折角の料理を楽しんでからにしないかい?今日はね、私の伝の料理人に、色々作らせたんだ。この都一の腕でね、卯羅への贈り物」
手拍子を一つ。
すると楚々と膳が幾つも運ばれてくる。さあ、と促され、私も卓に着く。歩くのが億劫だとしても、香りに誘われる。湯気がもわもわ立ち込めて、美味しい香りが食欲を呼び起こす。
「女人がどの様な料理が好きか、解りかねたから、飲茶を中心にしてみたよ。剰り、油ものは好まないだろう?」
「油ものは、体を不味くするって」
「そうだね、特に君みたいに、花の柔らかさを持つ女性には似合わない」
蒸籠を見れば、可愛らしい飲茶。焼売も餃子も色鮮やか。一つ食めば、広がる淡くもしっかりとしたお味。
「こんなに美味しいもの、初めてよ」
「そうだろう?妓楼で支給されるものは今一つだと聞いてね」
これを毎日食べられたらどんなに幸せか。いいえ、食い意地がどうとかでは無いの。どちらかと云えば、食への興味は薄い。それでも食べたいと欲してしまうお味。
「こんなに美味しいものを頂いたのだから、存分に御奉仕を」
「なら、私の命に従ってくれないかい?」来た。誰もが云う言葉。女を従順にさせたいのか、抱く前に必ず男達は云った。「私は先程、君を一週間買った、と云ったね」
「ええ」
「あれは嘘だよ。一週間じゃあ済まない。これから先、永遠だ。君を身請けしたんだよ」
「は……い?」
予想だにしていなかった言葉に、思考が一度止まる。彼は微笑みながら、美しい鳶色の眼を細めた。
「妓女の君を抱くのは今夜で最後。明日からは私の妻。心配しないで、君を貰い受ける為の銭なんて、どんな額を提示されようが、痛くもない」
「でも私」
「他の男とも関係しているのは、咎めないよ。今日より前の出来事は何も咎めない。私が欲しいのは、卯羅の身体ではなくて、卯羅そのものだから」
私、こんなに浅ましいのに。それも漸く常連に名を連ねたばかりなのに。話が早すぎる。人買い、なのかしら。今までに何度も身請けの話は出たけど、誰も本気では無かった。
「怪しんでいるね。それもそうだ、話が早すぎるもの。だが事は早い方が善い。これ以上君に、他人の手が触れることを見ていられない」
純粋過ぎる。世間様ではこういうのを、愛と呼ぶのかしら。
「卯羅は覚えているかな。君が一度だけ、私の兄が催した宴へ来たことを」
ここ最近仕事に出たのといえば、皇子の催した宴席。私が彼の身分に気付いた事を察したのか、悪戯に立てた指を口へ中てて、しぃっ、と。
「あの舞、もう一度見せてよ。凄く素敵だったから。花吹雪が吹き去るような、素敵な舞」
「勿論ですとも」
気に入ってくださったのなら、何度でも。脚が突っ支えて、綺麗に舞えるかは、解らないけど。「……」そんなに脚ばかり見つめないで。
「脚」
「お見苦しいものを……妓女が逃げないようにと、楼の主が施すのです」
「以前よりも酷くないかい?昨日は気にならなかったが……」
袴を捲り、踵から脹脛を指が滑る。彼の肩に腰掛けるように、力が抜ける。
「お恥ずかしい……」
「善いだろう?そのまま運んでやろう」
肩車をするように、持ち上げられる。ふわりと変わる景色。思わず彼の頭にしがみつく。
「嗚呼、卯羅は軽いなあ。こんなにお乳も、お尻も、太腿も、柔らかいのに」
何故泣きそうな声なの?私の為になんか、泣かないで。それも貴方のような身分の方が。
ゆっくりと、下へ降ろされ、寝台の柔らかな感触。
「朝日が昇ったら、君は私の妻。私の宮には、それは立派な庭があってね。其処に蓮の池を作ったんだ。明日には咲く。蓮はね」
「新婚の、夫婦に贈られる……」
「そう。流石は聡明な卯羅だ。だからね」
彼は枕元に置いてある小さな薬箱から、避妊薬を取り出して、捨てた。「これはもう要らない。私の子を成してくれ」
首筋を舐められ、鎖骨、肩、脇……脱がされながら、全身を舐められる。今までの客、全ての客の痕跡に、上書きするように。
「極楽へ導いてくださいませ、旦那様」
「嗚呼、勿論だよ、可愛い人」