傷跡

「ねぇ、包帯取ってよ」
突拍子も無く云い出した。キョトンと旦那を眺めてしまった。
「どうしたの?急に」
「昔の傷が恋しくてね」
答えも聞かず、内衣を脱ぎ、ループタイを外し、襟衣を脱いでいる。ならもう従うしかない。
頚から順にはずしていく。螺旋階段のようにくるくる、クルクル。白い肌には、多様な模様。大方、全ての傷に、何らかの形で関わった。
「文字通りボロボロだねえ。うん。ボロボロ」
「“愛人”の皆様には見せてたの?」
「見ていないよ、見せたこともない。見せたら元に戻せないもの」
上腕から胸元に掛けて一文字に入った傷。私たちが初めて出会う切欠に荷担した傷。其れから10年が目前に迫る。色は消えているが、その部分だけ僅かに隆起している。
「私は此れが一番好き。此の傷が無かったら会えなかった」
「傷跡に好きも嫌いもあるの?」
不思議そうに訊かれた。私の異能の所為も有るかもしれない。太宰治が有する傷は、何れも愛しく、憎らしく、または哀しかった。
「なら私は断トツで此の傷が好き。此の首の付け根辺り。君が残した傷だよ」
「もうそうやって!」
「なんだい、情熱的な愛の証だろう?情事の痕跡、謂わば、君の無言の主張だよ。無言の独占欲」
誇らしそうに云う彼を眺めていたら、私は身ぐるみ剥がされていた。
「ちょっと治さん?」
「私のばかりでは不公平じゃない?」
こうして見ると、もう普通の女の子には成れないんだと、実感する。
「君だって相当な傷だよ」
其の言葉にじわりと涙が出た。少し慌てたような顔をしたあと、抱き締めて、頭をゆっくりゆっくり撫でてくれる。
「もう私にしか、見せられないだろ?」
「貴方にしか見せたこと無い」
「君はそういう子だ。こんな男を一途に想って」
傷と傷が重なりあう。
「ねえ、治さん」
彼に抱き付いて、顔を見せないようにして。
「なあに?」
「此のまま、愛して?」
「珍しい、君からなんて」
何時も雪崩れ込むように愛されて、気がつくと、抱き枕の代わりにされている。だから、今回は。
「たっぷりと愛してあげようね」
頭を撫でていた手が止まり、支えるように後頭部と背中に置かれる。そしたら其のまま、彼の影に隠れる。腰、背、頭とゆっくり蒲団へ沈む。見詰めてくる顔が綺麗で、手を伸ばした。その手に自分の手を重ね、口付けてくれる。指一本いっぽんに口付ける。左手の薬指。大事な指輪。其れに口付けながら「忌まわしい指輪」と呟いた。
「貴方がくれたのよ?」
「そうだ、そうだね。私が繋ぎ止めたんだ」
口が腕を滑り、腋へ到達する。
「卯羅の誘惑剤、凄くムラッとするのだよ」
「ぁ……っそんなとこ、だ、め……」
二の腕の肉を食まれ、舌が這い、腋窩を吸われる。たったそれだけなのに、身体は太宰を求め始める。吸い付きながら、腋から乳房へ。胴と乳の境を生温い感覚が走る。嫌でも悶絶するしかない。逃げることの出来ない快楽から逃げようと、治さんの肩を押した。楽しそうに笑った。
「抵抗する子はこうしようね」
取ってそのまま散らばしていた包帯を掴み、私の両手首を縛る。もう何も隠せない。
「佳い格好だよ」
云いながら、太腿に当たる逸物がぬるり。
「ご覧よ卯羅。此の下着の大きさ」
その辺に投げていたブラを顔に当て、大きさを楽しんでいる。
「顔が隠れるよ。大人の男のね。却説、サイズは?」
「Gの、六十五、です……」
指折り英字を数える。三回ぐらい数え直した。
「乳房、というか胸周囲は九十ぐらい?いやぁ、随分育ったねえ」
育成に成功した成果物を集めて吸い付く。お餅でも食べるよう。出ない乳を一生懸命に吸う。
「そんなに吸っても出ないよ?」
「んっ……んぅ……卯羅の、お乳……」
可愛い。凄く可愛い。授乳してる気分って、こんな感じなのかな。暫く吸った後、私の顔を見て、満面の笑顔。
「可愛い。どうしたの?治さん」
「えへへ」
笑って、キス。
「卯羅にね、甘えたい」
「甘えたいのに、腕は此れなの?」
「だって、オイタするんだもの」
云いながら、額と額を合わせてくる。可愛くて、可愛くて。本当に狂わされてるなって。ふわふわの蓬髪を撫でたくて仕方無い。
「撫でたいのに」
「駄目。すぐそうやって子供みたいな扱いするんだから」
そのまま、キスした。息を付く間もない。たっぷり吸われる。それを堪能していると、秘部に違和感を感じた。彼の細い指が這う。外陰を不規則に刺激される。声を上げることも出来ず、快が体内に蓄積していく。それに笑みながら、頚に吸い付かれる。
「んっ……ぁ……」
「焦れったい?」
なかなか一番善い処へ触れない指。解っているから、わざと外せる。
「嗚呼、厭らしい・・・・・・雄を誘う匂いだ」
唇は、乳房の横を通り、臍に口付けを。それから、待ち望んだ秘部へ。焦らされ、心待にしているそこは、少し拡げられただけで、とろり。自分でも嫌になる。待っていました、とばかりに、吸われる。水性の厭らしい音。動かないよう、腹に手を置かれる。
「ゃ……っあ……おさむ、ぁつ……んっ」
「焦れったいねぇ、奥まで欲しいねぇ」
吐息が刺激する。たったそれだけなのに、身体の奥まで満たして欲しいと、疼く。脚を肩に担がれる。恥ずかしいほどに眺められる。それからまた喰い付かれ、呆気なく達した。顔を上げた主人は、意地悪く口を拭って、その指を舐めた。
「卯羅の味……」
恍惚な表情で口付けてくる。
「ねえ、これ、取って?」
少し眼を大きくして、上目遣いで。腕で胸を寄せ、束ねられた手は胸元に。治さんは身を震わせた。
「嫌だ」
そのまま手を固定して、上に跨がる。
「君のその顔、そそられるんだよ」
眼がギラギラと光る。寄せられた谷の口に、逸物が添えられる。浮いた血管と纏った滑りにお腹が疼く。顔に似合わない程、雄々しい。
「入れるね」
秘部とは違う感覚。出てきた先を舐める。
「治さんの味……」
「もっと欲しい?」
頷く。だって、欲しいんだもの。頷いて、先に口付け続ける。脈打つのが可愛らしくて吸い付く。
「卯羅、駄ぁ目」
言葉と共に乳の先を摘ままれる。正直、蓄積した悦楽は限界に近い。彼も動きを速める。
「んーーんっ……いじわるぅ……」
「その顔、最高」
刹那、谷間に熱いものを感じる。それは鎖骨の方へと垂れてくる。
「いっぱぁい……」
「まだ残っているのだけど?」
漸く、手の包帯を取ってくれた。胸元を濡らしたまま、治さんに抱き付く。
「じゃあ、全部頂戴?」
「凡てあげるよ。愛しい君に」
普段じゃそんな事云わない癖に。唇にたっぷりと口付けて、首筋に噛みつかれる。密着した腹を押し返すものさえ愛しい。口付けを強請る度に、胸と乳が擦れ合う。その刺激を求めてしまう。身体を擦り付けて、速く登り詰めたいと訴える。治さんがスッと身体の力を抜いた。一緒に倒れ込む。押し倒すような形。
「この姿勢もなかなか好いね」
下から挑発的な視線を送ってくる。私は、逸物を手に取り少し扱く。それから、秘部に押し当てて、彼の眼から目線を外さずに、腰だけで飲み込む。先端が、奥に口付ける。腰から腹部に掛かる快楽が全身を駆け巡る。
「そのまま、動いてみて?」
腹の上に猫でも乗ってるかのような姿勢で、私に命じてくる。全く切羽詰まってないのが悔しい。
尻を引くような感覚で動かす。けれど、彼がいつもしてくれるようには巧くいかない。
「私の脇辺りに手を置いてごらん」
云うとおりにすると、逸物が奥までめり込んでくる。
「私の腿に沿う様に腰を動かして……尻で腿を撫でるように、そう、上手いね」
「っ……あっ……ンッ、おしゃ、むぅ……っッ!」
ある一点を掠めた途端、全身に電気が駆けた。
我慢なんて出来なくて。夢中で腰を動かす。嗚呼、酷い顔なのだろう。治さんが意地悪に笑ってる。
「い、くっ……ぁっこ、れイっちゃ、う……ぅ!」
腕に力が入らない。身体を支えきれなくて、でも、もっと快に浸りたくて。
「私が動こうか?」
甘い誘いに頷く。軽く口付けて、腰を思い切り打ち付けてくる。下から突き上げられ、息が詰まる。その律動に合わせて声が漏れる。
「はっ……うっ、ぅぅっ、ああぁっ!」
「果てて善いよ?」
その言葉と共に、上壁を削るように奥まで捩じ込まれる。彼の腹部に手を置いて、上半身を大きく反らし、快楽を享受する。それと共に、何故か焦燥感が伴う。
「吹きそう?」
意地悪に笑う。けれど、それは事実で、少しでも刺激されたら、呆気なく、だらしなく出てしまいそうだった。治さんの手が私の脚を掴んだ。
「さあ、可愛く魅せて?」
下からの律動が速く、深くなる。掘られるような、抉られる動きに、下半身がむずむずとする。
「おさ、む、ひゃんッだめぇっぁっぁっ…ぁ…ぁん…ひ、ぁっ………!」
彼が中で爆ぜるのを感じ、腰が震える。その刹那。
「ぁ………っ…やだ……あぁぁ………っ!」
愛液とは異なる液。透明なそれは、主人の身体を濡らす。
「可愛い……吹いちゃったの?」
返す言葉もない。恥ずかしさが支配する。こんな、淫乱な、淫らな、はしたない。
「そんなに私を欲してくれたのだね」
身を起こして治さんが抱き締めてくれた。
視界が反転する。
半身を濡らしたまま、私に覆い被さる。
「泣かないでよ。吃驚したろうね。大丈夫、私をそれだけ感じたのだろ?」
「……治さんがね、欲しくて、気持ち善くて……」
上手く説明出来ない。きっと彼が求めているのはそういう言葉じゃなくて、けれど口から出るのは、言い訳のような言葉ばかり。
「卯羅」
「ん……っ……ぁ………」
吸い付いて舐め取る様なキス。頭を“好き”という感情で支配される。私と彼だけが共通で持ち得る感情に酔っていると、頚部に愛しい頭。それから、吸い付く、僅かな音。それは徐々に下り、範囲を広げる。時折「愛しい」と聞こえる。
「昔、君の傷痕一つひとつに、口付けていた事を思い出してね」
細く長くも筋張った指が、腹の傷をなぞる。その感触に身体が跳ねる。
「そこ、治さんが手当てしてくれた処」
「一歩間違えれば、君は今居ないのだね……」
急に切なくなったのか、お腹に頭を擦り付けながら、ため息。その頭を撫でながら、私も昔を思い出す。
『もう、行かないで』
『……それは、出来ない』
あのまま、彼が何処かへ消えてしまいそうで、不安だった。結果として、私はまだ彼の隣で、彼の求めに応じている。
「治さん」
「んー……」
蓬髪を鋤くように撫でる。もぞもぞと動き、耳を腹に付けてる。居心地が善い位置を探り当てるまで、好きなようにさせよう。
「卯羅、ずっと一緒に居て」
簡潔な、稚拙とも取れる言葉に込められた、願望。彼のお願いを、私は叶えたことはあっただろうか。
「ずっと居るよ。治さんの隣に居るのが、一番落ち着くもの。貴方の隣で、部下として、妻として」
それが貴方の願いだと云うのなら。
暫く撫でていると、愛らしい寝息が聞こえる。寝づらくないのかしら、なんて思うけれど、今晩はこのまま。
一番、深く、大きな傷は、私たちが出会って、愛し合ってしまった事。そう思いながら、その痛みに身を委ねて、眠りに付く。

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