月明かりが眩しい秋の夜。なんとなく目が冴えて布団を抜け出した。静まり返った本丸の廊下をひたひたと歩く。至るところから刀剣達の寝息が聞こえる。もの凄く激しいイビキや、むにゃむにゃとかわいい寝言なんかも混ざっていたりしておもしろい。そして縁側までたどり着くと、私はその場所にゆっくりと腰をおろした。天を仰げば見事な満月が煌々と輝いている。いつもは少し恐ろしげな暗闇があたたかく、とても素敵な夜だった。
「眠れないのかい」
その思いがけない声は、すっかり悦に浸って居た私をなかなかに動揺させた。ヒェィッと変な悲鳴をあげてしまった程だ。振り返って声の主を非難する。
「音も立てずに忍び寄るとか……!」
「ははっ、驚いたか?」
「心臓に悪いから次はやめて頂戴」
「わかったわかった、そう怒るなよ」
悪びれもせず隣に腰掛ける彼を見ると溜め息がでた。正直な話、私は鶴丸国永に来て欲しくなかった。常に驚きと言う名の退屈しのぎを求めているような男なのだ。絶対この安らかな一時をぶち壊すに決まっている。
……などと踏んでいたのだが、意外にも鶴丸は大人しかった。先ほどの私と同様、月を静かに眺めている。彼は普段から白い装束を着ているが、寝巻も白い長襦袢のようなものを身に纏っていた。月に照らされ淡く光っているその姿は息を飲むほど美しい。こうも綺麗だと逆に目の毒な気もする。
「鶴丸」
「ん?」
「私は単に目が覚めてしまっただけなんだけどね」
「ほうほう、それで?」
「あなたはどうして眠れないの?なにか悩み事でもあるなら遠慮なく言って欲しい」
「そうさなぁ……君への思いで寝付けないのに、心ない秋の月夜がしきりに照らしてくるから、かな?」
「どうせからかいたいだけでしょ」
「おっと、ばれたか?」
「その手のイタズラはいい加減慣れました。ただの戦績を恋文とか抜かしたり」
「きみにだけだ」
「それは手頃にからかえる女が私しか居ないからじゃん……」
「まったくもって俺の主はつれないな。年頃の娘らしく顔を頬めるなりなんなりすれば良いものを」
「女である前に審神者だもの」
「審神者のきみなら目の前の付喪神にひとつ気を許してもそうそう罰は当たらないぞ?」
「気を許す、ってなに」
「なんでもいいから甘えてくれてもいいと言うことさ」
「……遠慮します」
鶴丸と話しだすと返しても返してもキリがない。鶴丸とああだこうだ言い合うのは嫌いではない。むしろ楽しいとさえ思う。でも何故だか彼は話を変な方向に持っていくから困る。なんでいつに間に私が甘えるか甘えないかの話になってるんだ。
「で、何で眠れなかったの」
「きみも大概しつこいな」
「鶴丸のことが心配すぎてますます眠れなくなってしまう前にはよ」
「……言っておくがきみにはつまらないどころか不謹慎極まりない話だ」
鶴丸は小さく溜息をつくと伏し目がちに語り始めた。
「少し昔の事を思い出していた。最初の主の事だ。戦いの末、共に眠りについたは良いが、俺は……墓を暴かれまた別の人の手に渡り、気が付けば祀られていた。できることならあいつの元に戻りたいが、今となっては許されない」
「だから寂しくて寝れなくなってしまったの?」
「そんなところだろうな。ほら、こんな話を聞いても気分悪いだけだろ?」
自嘲するように、鶴丸が笑った。
鶴丸はきっと……神様になっても、人の容をとっても、自分が刀であることを忘れたことはないのだろう。そして刀として扱ってくれた主の事も。
なんて声をかければいいかわからなくて、月を穴が空くほど見つめることぐらいしかできなかった。鶴丸も何も言わない。お互いしんみりしてしまって、気不味い空気が流れる。
……審神者の私は彼の主人としては不十分なんだよね。剣の稽古とかしようかな……いや張り合ったってどうしようもないのに。
そんな馬鹿なことを考えている内に鶴丸が腰を上げて立ち上がった。
「もし今度月見をするなら中庭の池越しに見るといい。あれはあれで乙なものだぜ」
「うん、そうする」
「冷えてきたな。夜風が体に障る前に君も早く戻ったほうがいい」
そう言って鶴丸は廊下を引き返して行った。彼の後姿が暗がりにゆっくり飲まれていく。
何故かはわからないけれど不安になった。このまま鶴丸がどこか私の知らない場所に消えてしまうんじゃないか。そんな気がしてたまらなかった。
気がつけば私は白い袖の端を掴んでいた。何をしているのか、自分でも把握しかねたが、とにかく引き留めたかったのだと思う。振り返った彼の表情は柔らかかった。思わず見惚れてしまうような……まるで恋人だけに見せるような顔。そんな錯覚。だから余計、雰囲気に惑わされて口走ってしまったのだ。
「眠るまで手を握ってくれたり、しない?」
鶴丸が愕然とした目で私を見た。こんな鶴丸はみたことがない。その反応を見て頭が冷えて行くと同時にだんだん羞恥心が込み上げてくるのを感じた。……何をほざいているのだ私よ……!袖から手を離し、そろりそろりと後退り、くるりと向きを変え一目散に逃げようとした。だが、後ろから鶴丸の手が伸びて来て私の手首をがっしりと捕まえたのでそれはかなわなかった。ギギギ、と首をひねり振り返ればもういつも通り、否、いつも以上に楽しそうな半笑い顔に震えが止まらない。
「こいつは驚いた。主の方からお誘いが来るなんて夢にも思わなかったなぁ」
「夢です。嘘です。いまのなし」
「任せておけ!子を思う夜の鶴よろしく完璧に添い寝してやろう!」
「気の迷いなの!なにかの間違いなの!だから肩に腕回すな離せえええ」
「あっはっは!さぁ寝床に行こうか」
「ひぃぃぃぃ」
「……どんな形であれきみに必要とされるなら許そう」
「ひぃいいい」
「まったく聞かずに叫ぶとは……驚いた」
このあと滅茶苦茶添い寝しました。約束通り手も握りしめてくれてもう涙がでました。もちろん朝まで同じ布団で過ごしたので起こしに来た近侍の一期さんに盛大に誤解された挙げ句の果て男士全員に知れ渡ることとなり精神的に大ダメージをくらった私と満足げな鶴丸でした。死にたい。