春も終わり段々暑くなってきた。一応障子は開けきっているが、南向きの部屋なので日中はどうしても熱が籠る。せっかく梅雨に差し掛かかっているのだし一雨降ればまた違うのに。見事な晴天である。
ふとうなじに手を添えてみると……しっとりしておる……。ああヤダヤダ。ついた水分をハンドタオルで拭き取りながらふうっと息を吐く。
「ため息なんかついてどうした。恋でもしたかい?」
「好きだよねぇ、そのネタ」
「そうだな。この話題を振るときみ、ムッとした顔になるだろう。 いじらしくて良い」
「鶴丸の変態じじいめ……」
唸るように罵っても私の横に佇む近侍は意地悪くニヤニヤ笑うだけだ。一応これでも書類作成中と言う名の仕事中な訳だからセクハラで訴えても良いよね。石切丸あたりに叱って貰いたいよね。
押し黙る私に不穏な空気を感じ取ったのか、鶴丸は眉を下げて軽く謝ってきた。……半笑いしてたけど。そんなんで私が許すと思っているのか可愛いなこんちくしょうめ。
「急に暑くなって滅入ってただけ」
「そうか?よく晴れて心地良いぐらいだが」
「刀だから熱には強いってか?羨ましい限りだなこの野郎」
なんかイライラしてきたので机の上に転がっていたペンを手に取って尻の方を鶴丸の白いすべすべほっぺにグリグリ押し付けてやった。鶴丸は笑いながら私の手首を掴んで押し戻そうと抵抗する。彼が本気になれば私なんか簡単にねじ伏せれるだろうけど、そんな事はしなかった。どうやらかまって貰えて嬉しいらしい。ギリギリの攻防がしばらく続いて、ふと我に返り、やめた。仕事しなきゃ仕事。くるりと書類の山に戻る。
「なんだまだ働くのか」
「今日中に終わらせたいからねー」
「締め切りは明日なのかい? 」
「んーん? まだだけど 」
「暑くて頭が回らないときに無理するものじゃあないだろう。早朝にでも片付ければ良い」
「明日に引き延ばすのはちょっとなぁ……早起きもやだなぁ……」
「さもなければこうなるぞ」
鶴丸はそう告げると、あろうことか私の背中に覆い被さってきた。彼も一応血が通っている身らしく、ほっそりした体はそれなりに熱を持っていた。鶴丸が良くてもこっちはたまったもんじゃない。色々と。
「鶴丸ゥゥ! 離れなさい!! 暑苦しいんじゃぼけ!!!」
「嫌だね。おっとそう言えば、人は暑いと汗をかくんだったかな。きみの首からも滴り落ちているなぁ?」
「セクハラアアアアア!!」
「おお、しょっぱいな」
「!!?」
もうおわかりいただけたと思います。コイツ、舐めやがりました。頭を前屈みにして私の首筋をペロリと。羞恥と怒りの頂点に達した私は鶴丸を吹っ飛ばす勢いで立ち上がった。鶴丸は悪気もなくケラケラ笑っていた。
「どうだい、驚いたか?」
「とっくに驚きの度合い通り越したわ!!刀解されたいのかアアン!?」
「すまんすまん。いやでも汗って意外にいける味だな。驚きだ!」
「反省の色がちっとも見られない上にお前の味覚はどうなっておるのだ……」
しょっぱいだけで特別不味くはないだろうけどさ……。人のかいた汗なんて絶対美味しくはないって。気分的に。ドン引きなんだけど。
もう怒る気も失せた。変態には背を向けてゴロンと畳の上に伏せる。畳冷たくて気持ちいい。
「はぁ……もうしらけた。」
「はっはっは、きみもまだまだだな!」
「……私朝弱いから。責任とって起こしに来てよね」
「ああ、良いさ」
そう言って鶴丸は私の肩を人差し指でつついた。むすっとした顔で寝返りをうてば、今度は床に寝かせてある自分の膝を叩いて言った。
「硬い畳を枕にしなくともこの上で寝ればいいだろう 」
「ええそんな肉のついてない……」
「怒るぞ」
ほれほれと手招きするので、しょうがないなあ、とかブツクサ言いつつ彼の膝に頭を乗っけてみた。案の条寝心地は微妙だったけど……ちょっと気分は良いかもしれない。お殿様っぽい。くるしゅうない。
ついでに見上げると鶴丸が扇子を片手に持っていた。手首を動かし、優しく扇いでくれる。
「持っていたのを思い出した」
「ああああー……至れり尽くせりやばいー サボるしかないー 」
「落ち着いたか? あとで冷たい茶でも飲みに行こう」
「鶴丸が優しすぎてこわい」
すると鶴丸は、やけに慈愛にあふれた顔でとんでもない発言をかましてきた。
「この夏はきみにたくさん驚きをもたらす予定だからな。この程度でバテて貰っちゃ困るぜ」
「そこは主を労ってひかえる所だと思うよ? 常識的に考えて? 」
「俺が退屈で死んでしまうじゃないか」
「この野郎……じゃあ肝試しだけは絶対にやめてね」
「……………… 」
「絶許」
「わかった、わかった。怖いのは無しだ。約束する 」
言質も取れてひと安心したら、少しだけわくわくしてきた。いったいどんな驚きをくれるのだろう。期待を胸にふくらませながら、今は彼の優しさに浸るのだった。
「ちなみにポロリもあるぞ」
「色々不穏すぎる」