ここ最近の話なんですけどもね。
仕事も終わって自室でひとり読書しているとね、誰かに見られてる気がするんです。やだなー、こわいなー、なんて部屋の中を見回すんだけど誰も居ない。まぁ気のせいだよね、なんてまた本に戻ろうと思った矢先。ふっと卓上鏡を覗いたんですよ。そしたらね
目が合っちゃったんです。鏡越しに。
ほんの少しだけ開いてた障子の隙間からこっそり……青い目が見てるんですよ。ゾゾゾゾゾーッと背筋に寒気が走って私思わず叫びそうになっちゃって。でも大きな声出した途端襲われそうな気がしたから必死に堪えました。どうやら向こうは私の視線に気づいてないらしく全然動かない。これ幸いとじっくり観察してみますとね。あのー、昼間だったんでね。白い障子に影がくっきりと映ってるんですよ。細くて小さな体と結い上げたふわふわの髪が。
なんだ小夜ちゃんか。
***
閉めきった部屋に一人で居ると小夜左文字が障子をこっそり開けて覗いてくる。必ずと言ってもいいほど頻繁に。無言でじーっと。長ければ30分くらい見つめてくるのだけど、振り向いた途端音も立てずにその場から消える。
主である私を見張ってるつもりなのだろうか。え、私何やらかした? 江雪さんの静かに蔑む姿が怖いからyes小夜noタッチを徹底してる筈なのに……。って言うか基本小夜ちゃんはべたべたされるのが苦手みたいだから距離を保って接しているんだけどなぁ。
用事があるとか? ……それもないな。彼はその辺物怖じしない性格だから。もしかして部屋の中身が気になる? なんて思ってた時期もあったけど、物置小屋に入った時もうっすら気配を感じた。隠蔽度高いからわかりにくいけど、これでも審神者だから霊気でわかる。理由はわからないけど兎に角私に興味があるらしい。
これが他の短刀ちゃん達だったら私は「どうしたの?」って猫なで声を出して問いかけるだろう。大人の見た目なら「ちょっと乙女のプライベート覗き見なんて失礼なんですけどぉー」とか茶化すかな。でも私は何もしなかった。だって考えてみて欲しい。
小 夜 左 文 字 の 熱 い 眼 差 し 。
……である。しかも私を見てる。滾るわ。舞い上がるわ。例えるなら人見知りの激しい野良猫ちゃんにいつの間にか懐かれてる感じだろうか。こんなレアケースそうそうない。仮に私が「最近おいちゃんのこと見てるでしょうヒヒヒ」なんて話しかけるとしよう。その後の展開は
@ 怒りの沸点低い文系の37人目になる
or
A ピンクの魔王に鉄拳制裁される
or
B 和睦(脳天直撃)
そしてどの道を通っても小夜ちゃんに怯えられ私の人生は詰む。ヤダそんなの。だったらこのままでいいじゃん! 私いまso happy…… よし、ほったらかしましょう。
ちなみに近侍に据えてみた所
「小夜ちゃん最近どう? 復讐してる? 」
「鶴丸さんの驚き被害者の会に頼まれて彼を締め上げたぐらいだよ」
「絶好調じゃん」
特に何の隔たりもなくお話できた。気になるのは鶴丸が何やらかしたのか……ちゃんと息してるのかしら。そのくらいだった。私は安心して小夜ちゃんに見守られる事にした。
***
あー、見てますね。見られてますね今日も。それに今回は夜ですよ夜。私もうお布団に入って寝ようとしてたのに。すごい情熱的なものを感じますね。私の何がそんなにいいの? 何にせよ気分がいいですね。
そう、のんきに構えてたんです。
月明かりの眩しい夜でね。私は障子に背を向けて横たわってた。いくら小夜ちゃんが夜目がきくと言っても部屋の様子はわからんだろう。いつもだったら逃げられるけど今日こそは直接見たい。見つめ合うカップルごっこしたい。ゴロンって寝返りをうちました。そしたらね
目が合っちゃったんです。障子に浮き出る、大きな赤い目玉と。
それも一つじゃない。どこもかしこもびっっっしり! 血走った目玉が紙を突き破って生えてた。ギョロギョロギョロギョロギョロギョロ。忙しなく蠢いてるんだ。もう気持ち悪くって堪ったもんじゃない。猫みたいに跳ね起きた。部屋のすみに逃げてガタガタ震えるけど目玉は去ってくれない。
小夜ちゃんじゃないの!? 小夜ちゃんはどこ? こわいこわいこわい! 助けて!!
蚊の鳴くような声で叫んだ。
「小夜ちゃああああぁ……」
がこがこがががががが。
天井から音がした。バッと首を動かして上を見る。真四角の穴が一つあいていて、そこにはひょっこり飛び出た小夜左文字の生首が!
「どうかした? 」
あなたそんな所にいたのね。
ツッコミ所満載だったけど、今はそれどころじゃない。ストンと畳に降り立った小学生サイズの刀剣男士に四つん這いで詰め寄る、成長期はとっくの昔に終わった審神者。情けないけど怖いんだから仕方ないじゃないか。
「おばっ…おばけがぁ……!」
人差し指をぶんぶん振りながら障子をさす。私の見間違いの可能性を期待してちらりと確認したけど……相変わらず目玉いるぅ! お小夜はじーっと障子を見つめて言った。
「あれはあなたを驚かしたいだけ。害はないからほっといていいよ 」
「ええええええっ すんごい見てるよ? 怨念渦巻いてるよ!? 」
「そんなに怖いなら石切丸さんを呼ぶ? 」
「小夜ちゃんは! お小夜はあれどうにかできないんですか!? 」
「悪意のない相手は斬ったら危ないんだ。ごめんね……すぐ戻るから」
「いやああああ゛!!! 待って!!ひとりにしないでえええええ!!!!」
いまにも天井にひとっ飛びしそうな小夜氏の腰にしがみついて引き留める。検非違使さん、私です。でも非常事態だから!変な気は恐怖心に支配されてっから! 許して!
小夜ちゃんは痴態をさらす無様な主をおろおろしつつも受け入れてくれた。そっと腕を私の背中に回してとんとんしてくれる。いい子。
待てども待てども障子のお化けは私の部屋から退いてくれない。小夜ちゃんの言う通り本当に何もしてこないのでまだ救いがあるけど。結局、彼はここでお泊まりすることに決定した。と言うか主命した。
「布団は敷いてある分しかないから一緒に寝てくれぇぇ……後生のお願い」
「僕は構わないけど、あなたはそれでいいの?」
「明日トリプルお説教をくらう覚悟はできている」
「……そう言う問題じゃないと思うけど」
なんやかんや言いつつ二人で狭い煎餅布団に潜った。まぁ小夜ちゃんはちっちゃいから、おっきいワンコがやってきた程度だけど。今度は目ん玉が怖いから背を向けて横向きに寝る。小夜ちゃんは私の内側に居たのだけど、妖怪を見張る為か外を向いていた。布団の中で顔を見交わす仲良しこよしな姉弟もしくは母子の図が出来上がったのだった。
ヤッチマッタナー……これは絶対怒られっぞ。いまさらなんだけど髪を下ろした小夜ちゃん犯罪級に可愛い。アカンわこの審神者手遅れや。下手すると本丸の男士全員に白い目で見られるな。ゾクゾクシテキタヨ。
そんなこと嘆いても仕方がないのでとある疑問を解消させることにした。
「小夜ちゃん、小夜ちゃん」
「なに?」
「この際だから聞くけど、最近ずっと私の側に居たよね」
「うん。僕もなんとなくあなたが気づいてるのは知ってた。何も言わないから不思議だったよ……いまも怒らないんだね 」
「怒らないよ。まあ、なんでかなー? とは常々思ってたけど」
「何故……わからない。ごめんなさい」
「謝らなくてもいいのに。陰で見つめるより堂々と寄ってきてもいいのよ? 大歓迎よ? 」
薄明かりの中、二つの小さな瞳が潤んで揺れているのが見えた。それでも彼は私からその目を逸らさない。
「僕は復讐に囚われた刀だよ……あなたは恐ろしくないの? 」
「えー?もう慣れちゃったしなぁ。だいたいさー……後ろのアイツの方が相当ヤバイから。不覚にも泣きそうになったからね。マジで」
「そう……」
私もまたじっと彼を見つめる。こんな近距離でお喋りするのは初めてかもしれないな。この子は優しいから、復讐にこだわればこだわるほど心が傷つく。だからといってそんなこと考えるな、とか幸せになれ、だなんて無責任な事を言っちゃいけないと思ってた。彼の心が壊れかねない。そう判断し、いままでそっとしてたけど……彼は私に申し訳ないと感じていたんだろうか。
「あなたは……私が恐いのかな」
暗闇の中で彼の顔は強ばっていた。図星を突いてしまったかもしれない。ごめんね。そんなつもりじゃなかったのにな。宥めるように言葉を続ける。
「大丈夫だよ。後ろのあんなのよりは全然こわくないよ」
いまにも泣きそうだったけど、小夜ちゃんは小さく首を動かして返事した。手を伸ばして彼の耳を包むように触れる。そのまま頭の後ろの方へ動かすように撫でた。あんまりおいたしすぎると後が怖いので一回だけ。直ぐ様引っ込めようとした。
その瞬間、紅葉のような小さな手に捕えられた。急な動きでびっくりしたから喉まで悲鳴がでかかったけど、頑張って抑えこむ。
「握っていてもいい……?」
そんな事言われたらもうお終いだった。私は泣いた。もちろん感動から。返事の代わりにぎゅーっと握り返してやった。眠りに落ちてもずっと離さなかった。
***
翌朝、障子のお化けはようやくどこかへ行ったようで、綺麗さっぱり居なくなっていた。(ご神刀が張り直しの作業の後ハラキヨしてくれたから一生出なくなったってさ! ヤッター! )
そして二人で部屋を出た途端、江雪左文字と宗三左文字にエンカウントを果す。もはや笑う。
ショタコンの罪でお縄になる……!
そう覚悟していたのに左文字兄弟からのお咎めはなかった。それどころか「お小夜をよろしくお願いします」とまで言われる審神者氏。ばんざーい! わっしょーい! なんか誤解はとけてないし早とちりされてるし逃がれようがない所まで来ちゃった気がするけど深く考えるのは止めた。
その日を境に小夜ちゃんは、障子の隙間からじーっと見つめるのをやめた。その代わり、今度は私の側に寄ってくるようになったのでした。