成人した審神者と小夜左文字の悲しい話
日没前、土手の上を歩く人影が一つ。その後を追いかける小さなものも一つ。
「もう戻らないと」
「小夜はついて来なくていいよ」
「……そう仕向けたのは誰?」
「さぁ? 知ーらない」
「よく言うよ」
成人した年にもなって落ち着きのない審神者は薄暗い中を迷うことなく突き進む。夜が近づこうとお構いなしだった。
「いまごろ歌仙はどうしてるかな?」
「怒っているだろうね」
「お尻叩かれないと良いんだけど」
「いくらなんでもそれはない……明日家を出て嫁ぐ人に向かって」
そこで彼女は初めて立ち止まった。既に辺りは暗闇に包まれ、振り返っても少年がどんな顔をしているのか全くわからない。彼はただ、静かに佇んでいた。
「小夜、あのね」
「うん」
「一緒に逃げて欲しいって言ったらどうする?」
一呼吸おいて、彼はたんたんと告げる。
「復讐に捕らわれたままの僕があなたを幸せにできる訳ないよ」
「……そう」
「皆には上手く誤魔化すから、もう帰ろう」
誤魔化す、とは。家を抜け出した事? 私が良からぬ駆け落ちを企てた事? それとも……
審神者がそう聞き返す前に、夜目のきく小夜は彼女の手を握った。そしてそのまま来た道を引き返す。
「おんぶしてくれたりしないの?」
「馬鹿言わないでよ、そのなりで」
「やってみないとわからないじゃない」
「あなたの身勝手はいつになったら直るのだろう」
「どうでもいいから早く」
「……はぁ」
仕方なしに形だけ。少年は自分より一回りも大きいその女性に後ろへ回るよう促した。彼女が寄りかかったら膝裏に手をまわし力を込めてみる。そうしたら不思議と持ち上がってしまった。普通なら一瞬も待たずして、少年はぺしゃんこに潰れている。さすがに声を失う二人。
「……ちゃんと食べているんだろうね」
「小夜が馬鹿力で頑丈すぎるだけじゃない……?」
再び帰路を辿る。道中、たまらずに審神者は言い漏らした。
「こんなにも頼れるのになんで拐ってくれないの」
小夜左文字は何一つ応えなかった。