はじまりの朝



薄明かりの中、彼の帰りを待っていた。ひんやりとした朝の空気を吸い込み、ゆっくり息を吐くのを何度も繰り返す。はじめは玄関先で出迎えようとしていたのに、いつのまにか転送ゲートの前まで来てしまった。そんな私の落ち着きの無さを横で見ていた薬研藤四郎が苦笑しながら苦言を呈する。

「厚の言葉を借りるとだな、しゃんと背筋伸ばせよ大将、ってやつだ」

「ううっ……面目ないです」

「どうせ手紙には大した事書いてなかっただろう? ちゃんと帰ってくるさ」

修行の旅に出た刀剣男士達が主である私に宛てて書く三通の手紙。それは必ず届くものであり、ここにいる薬研からも思いをしたためた文を受け取った事がある。「彼」の手紙の内容を知らなくても、経験済みの彼にはなんとなくわかるのだろう。そして何より「彼」を信頼している。私よりもずっと。

それでもあの切羽詰まった内容を読んだ私は潔く大丈夫、なんて思えなかった。あの手紙の後何か問題が起きていたらどうしよう。早く無事に帰って来て欲しい。よく耐えたねって、たくさん甘酒を飲ませてあげたい。いつものように抱き寄せてあげたい。そうしたらきっと、私も安心できるから。

ただ、薬研にそんな不満を漏らすのはさすがに申し訳ない。私はいったん全て胸にしまいこんで、ぎこちなく笑った。

「それもそうだね。あー、ごめんね。こんな朝早くから付き合わせちゃって」

「俺っちの仕事は大将のお守り、じゃなかった。……守ることだからな。気にやむ事なんか何もないぜ」

「う〜ん、一言だけ惜しかったなぁ」

歯に衣きせぬ物言いがうっかり出てるあたり、やっぱり彼はいつもの薬研藤四郎だ。なんだかほっとするけど……せめてもう少し本音を隠してほしかったなぁ、なんて冗談まじりに苦笑していた。

その時だった。

バチッと音をたて、ゲートにまばゆい光が走った。チカチカする目をよく凝らせば、見慣れない外套を身に纏った少年が真正面に立っている。それでも。風になびく一括りの長い黒髪、きりっとした眉に紫の瞳。私のよく知る面影であり、間違いなく私が待ち望んでいた人だった。

「不動行光、今代の主のもとに只今帰還!」

語気の力強さに圧倒される。嬉しさが感極まって爆発しそうな気分だったが、それと共に強烈な違和感も感じた。得体のしれないそれは胸のあたりにざわざわと広がっていく。不動行光は凛とした姿で私の言葉を待っていた。混乱する頭を無理矢理働かせて、私はなんとか言葉を紡ぎだした。

「おか、えり……?」

曖昧な口調で返したら、不動も異変を感じ取ったらしい。それ以上何も言わない私を見て首を傾げた彼は側に控えていた薬研に尋ねた。

「俺、まずいことでも言ったかな? 」

「いやぁ? なかなか様になってたと思うぜ。お前らしいと思う」

「なら良かった。薬研もただいま」

「おう、おかえり」

私はまだ困惑していると言うのに……なんでこの二人は和気藹々と会話しているのだろう。取り残された不安からとうとう本音を吐き出した。

「あの……誰…?」

私はこの不動行光を知らない。いつもの赤ら顔は、酔っぱらいの不機嫌でひねくれた物言いはどこへ消え去ってしまったのだろう。修行から帰ってきた刀剣男士は皆見違える程成長して帰ってくるけれど、彼はあまりにも……まるで別人だった。と言うか本当に違う刀剣男士なのでは。

呟いた疑問にぎょっとした顔を見せる彼。そして何故か吹き出す薬研。思いがけない扱いだったらしく、不動が抗議の声をあげた。

「誰って……ひどいなあ、酒を抜いてきただけだよ!」

「嘘でしょ? だってあの不動が……?」

「本当だってば! 酒はやめたと言うか、ほどほどにするつもりだから! これからは素面で、……っていつまで笑ってるんだよ薬研は」

「っくく……悪いな。まぁ、つもる話は後にして朝飯にしようや。どうせ腹減ってるんだろう? 長谷部が用意して待ってる」

「ああ、助かった。向こうでもしっかり頂いてきたんだけどなぁ、すくのが早くて」

「そんなもんさ。さぁ入った、入った」

二人の会話が随分遠くに聞こえる。ぼーっとしている私を見兼ねた薬研が背中をぐいぐい押して戸口に押し込んだ。玄関に入れば「家臣としては靴をお脱がせするべき?」なんて不動が言い出すものだから慌てて首を横にふり、草履を脱いだ。

「先に荷物をしまってくるね」

ふわりと微笑んだ彼は一礼すると自分の部屋に帰っていった。悠々と黒髪が揺れる後ろ姿を見つめながら私はお腹の前で両手を小さく握りしめる。胸のざわつきが存在感を増して、ついにぽっかりと穴をあけてしまったような。怖い感覚に陥った。直前の優しい眼差しが記憶にこびついて離れない。

もう元には戻らない気がした。







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