独占欲
「桐椰くんチョコ」
「単語で言うんじゃねーよ」
「だって単語で言っても伝わるじゃん」
「そういう問題じゃねーんだよ。つかこの遣り取り、前に総としたことあるぞ……おい総! コイツお前に似てきたぞ」
ソファに座る私の口にアーモンドチョコレートを落としながら、桐椰くんが苛立った口調で松隆くんに抗議する。私の隣に座る松隆くんはピクッと片眉を上げた。
「何が」
「単語で物を要求するところ、太々しいところ、ああいえばこういうところ!」
「一つ目以外は元からだったろう」
月影くんが小さく呟いた。桐椰くんは「そうかも……最悪な二人がくっついたな」と困ったように眉間に皺を寄せた。が、松隆くんは何も答えない。桐椰くんは仕方なく月影くんの隣に座って「なんでこうなったんだ」「俺の知ったことではないが」なんて今更な話をしている。
そして、二人が話している間にソファの背に隠れて私の腰が引き寄せられる。
「ちょ、ちょちょ、ストップ」
思わず小声で止める。
「何が」
松隆くんは小声なのに不機嫌なのが丸分かる。
「何がも何もないんですがここでそういうのやめません?」
「声出さないでね」
いやいやいやいや! 二メートルも離れてないところに二人がいるのに「声を出さないで」!? 何の話をしてるのかも分からないんですけど! ぶんぶんぶんと首を横に振るのに松隆くんは無視。
「で、橋爪がたまーの助っ人でもいいからお前に入ってほしいって言ってて」
「却下だな。第一、助っ人など入っていては正規部員も面目が立たないだろう」
「まぁそうだろうけど、試合に勝ちたいってのが先行するもんなんじゃね」
松隆くんの視線は二人の目線を確認するように一瞬動き素早く唇を塞がれる。最早目を閉じる暇すらない。ここまでくると頭おかしいよ松隆くん!
「そういうものか」
「俺も賛成はしないけどなー、数足りないってわけでもないんだし……」
桐椰くんの視線がこちらに向いた。
「……なんでそこそんなに顔赤いの?」
「さぁ、熱かな。連れて帰るね」
「とっとと帰れ」
白々しい松隆くんの声にすら顔を上げることはできず、真っ赤な顔のまま引っ張って連れて行かれた。頭おかしいよリーダー。私のカバンまでもって有無を言わさず第六西から引きずり出す松隆くん。
「あのさぁ松隆くん! お願いだからあの二人の前でするのはやめてよ!」
「なんで」
「なんでじゃないよ分かってるでしょ恥ずかしいの!」
「だったら遼の手からチョコレートもらうのやめてくれる?」
……なんだと。
「心せっま……!?」
「何」
「いえなんでも」
知ってた、わりと何を言われても大小問わず「は?」で返す松隆くんの心が狭いことくらい知ってた! でも桐椰くんからチョコレートもらったくらいでそんな怒る? 怒るというか目の前でキスする?
激しい抗議は内心に留めたのだけれど、松隆くんには伝わってしまったのだろうか、その目がじろりと私を見下ろす。
「でも舌入れてないよね」
「当たり前だよね!? 寧ろあの二人の前でそこまでされたら引くよ私でも!」
「そう、じゃあ二人の前はやめとこうか」
……日本語を間違えた。「あっいやえっとそういう意味ではなく」と狼狽して弁解するももう遅い。
最早拉致されたに等しかった。気づいたときには松隆くんの部屋に放り込まれてたし、ガチャッと鍵の音まですれば身の危険を感じた。ちょちょちょちょちょ待って!!
「松隆くん! ちょっとタンマ!」
「何が」
「ネクタイを緩めないでよ怖いから!」
ネクタイをソファに投げ捨てた松隆くんにひょいと持ち上げられたかと思うと、私の部屋にあるベッドの一・五倍はあろうかというベッドに放り投げられた。ぽんっ、と体は跳ねて無事着地。毬(まり)なのかな私は。
「ま、松隆くん、落ち着いて、まず落ち着いて」
「落ち着いてるけど」
「終始真顔ですけど!? お願いだからスト、プ……」
体の両脇に松隆くんが手をつく。ギシ、と軽く軋んだベッドの上に既に逃げ場なし。顔だけは背けるけれど、顔を近づけられたら何の意味もない。
「桜坂こっち向いて」
「……あんまり長いのはやめてね」
「はいはい」
とかいいつつ、普段のキスを考えると短くしてもらえるとは思えない……。唇が重なるのを感じながら、頭の中で考えてしまう。大体、ベッドの上でキスされて短く済んだためしが……。
「ん……」
なんて余計なことを考えていると、段々キスが深くなる。中途半端な体制で体を支える腕が崩れてしまいそうだ。ちゅる、とキスにしては妙に官能的な音がする。同時に腕を払われて「へっ」なんて間抜けな声を上げている間もなくベッドに転がった。ニッ、と上機嫌に口角を吊り上げて私を見下ろす松隆くんがいる。
「え、あ、あの……」
「もう外でキスするのはやめとくね。声聞かれても嫌だし」
「で、できればもっと別の配慮を見せてくれると嬉しいんですけど……」
「だから分かりやすく印つけとこうか」
「ちょっと待って!?」
ガッ、と両腕を頭上に固定された。急激に変わった不穏な空気についていけない。私の動揺までキスで抑え込もうとするかのように乱暴にキスされたかと思ったら、片手で器用にリボンをほどかれる。首から紐が抜かれる感触がシャツ越しに伝わった。唇が解放されたかと思ったら間髪入れず首に唇が押し当てられた。
「す、とっぷ……!」
「駄目」
「なんで……!」
「一回止めたら逃げるでしょ」
「当たり前──痛っ」
唇が押し当てられていた部分の、肌の下。そこに突くような痛みが走る。思わず息を止めてしまうと、松隆くんの指がそっと胸の中心を滑った。もちろん、素肌の上をだ。それだけで体が硬直する。
「力抜いたら?」
「む、むり……!」
唇が首から胸に降りてくる。それに合わせてシャツがはだけられる。まるで心臓の鼓動に連動するように体が僅かに跳ね、同時に「ぁっ」と小さな声が漏れたので慌てて手の甲で口を塞いだ。間一髪、さっき首に走ったのと同じ痛みが胸にも走る。
「……っ、ねぇ、あの、そろそろ手、離して……」
「あぁ、ごめん」
欠片もごめんと思ってない声で謝られても。名残惜しさなど欠片もなく手は離されたけれど、起き上がれるわけがない。
「あ、のー、よかったら起こして……」
「そういうムードを壊すことは言わないでくれると助かるんだけど」
「え……?」
ムードって、何。ぼんやりした脳で辛うじて発した疑問符は、そっとスカートの中に侵入してきた手のせいで吹っ飛んだ。
「えっ、ちょっ、えっ!」
「声」
「声……がなに!? えっ、あの、松隆くん、あのあのあの……!」
松隆くんは、今や私の足の間に膝をついている。松隆くんがそのまま頭を私に預ければ丁度お腹に顔を埋めることになるくらいの位置だ。そんな位置関係で下から見上げてくる顔にぶんぶんと首を横に振るけど、無視。それどころか、冷たい指先にじんわりと太腿の熱を奪われる感覚に、パニックを通り越して頭が真っ白になる。
「あの……一体どこまで……」
「……さぁ」
「そ、んなに怒った? チョコレート……」
「まぁ、遼の手頭から食べさせられてしまえば、それなりに」
手が太腿の内側に回った。ビクッと、反射的に腰を引けば、松隆くんの眉は不愉快そうに若干寄る。
「あの……。……ひゃっ!?」
かと思えば、少し足が持ち上げられて膝の側から、舌先が太腿を這う。ゾク、と体が震えて、もう抗議する余裕なんてない。声を抑えるような息を吐いて、その舌が段々と上ってくるのを見つめる。こういうときに限って、いじめるのを楽しむように煌めく目が、感情を閉ざしたように静かになるから余計に怖い。
「っ……、はっ、」
他人からは絶対に見えない、太腿の内側。今まで感じたのと同じ痛みが走ると同時に、どうしようもなく体の芯が揺らぐ感覚がする。上手く言い表すことができない、こういうとき独特の、その感覚。
「……続きしていい?」
そもそもキスマークをつけるって、何の延長なのか、何かの延長なのか、その延長は何なのか、意味が分からなくて頷くことなんてできなかったし、私がどう答えようが松隆くんはシャツを脱ぎ始めてるじゃないですか。
「……松隆くんのそういうとこ本当──」
その言葉の続きさえ、分からなくていいとでもいうように口腔に呑まれた。
*
「という感じの夢、ぶっちゃけ松隆くん見たことあるのでは?」
コピー本(と言うらしい)を持つ松隆くんの手が震えている。なんなら肩も震えている。ふーちゃんが書いたそれは、最初に読まされた私がぐしゃっと握り潰し、今度は松隆くんがぐしゃっと握り潰したせいでもうボロボロだ。
「まず夢に見てない。あといい加減にしろ」
「えー、でも王子様に都合の悪い展開じゃないでしょ?」
「いやいや、よく聞け身知らぬ花高生」
ぽん、とふーちゃんの肩を叩くのは雅だ。ふーちゃんは「誰?」って顔してる。当たり前だ。
「現実じゃ亜季が手に入らないから、松隆を相手にした妄想小説を読めば読むほど悲しく虚しくなってるんだよ。プライドが高いから余計にな!」
「菊池、手と足どっちがいい」
「え、何が」
「折るのだよ」
「こっわ! おい軽いジョークだろ! やめろ! 亜季助けて!」
「……さすがにさっきのは雅が言いすぎだと思うの」
雅の胸倉を掴んだ松隆くんの手からコピー本が落ち、桐椰くんが拾い上げて月影くんと読む。桐椰くんの耳が段々赤くなったかと思うと、遂にぐしゃぐしゃっと丸めた。
「……燃やしとくな」
「よろしくお願いします」