甘味


 なんで女の子には、月一で苦痛が訪れるんだろう。


「お前さ……」

「ん、なんでしょう」

「……今日ちょっと機嫌悪い?」


 腹痛に耐えてしかめっ面をしていたせいか、隣に座る桐椰くんに怪訝そうな顔をされた。だって痛いんだもの。下腹部が痛むんだもの。男の子には分からないかもしれないけど結構酷いんだよこれは!


「……悪くないよ」

「そうか?」


 桐椰くんが納得した気配はない。おろおろそわそわしてカバンの中を漁り始める。何探してるんだろう、と見つめていると、そっとチョコパウンドケーキが出てきた。ラッピング的に手作り感がする。


「……食べるか?」


 ……桐椰くんは、私にお菓子をあげれば機嫌が直ると思ってるのかな。


「……食べる」


 でも貰えるものは貰っておこう。受け取ると桐椰くんはちょっとだけほっとした顔をした。


「桐椰くんの手作り?」

「あぁ、なんか食べたくなって」


 食べたくなったら作るのか。その発想に首を捻っていると、桐椰くんは慌ただしく立ち上がった。


「そうだ、紅茶! 紅茶も飲むか!」

「……飲む」


 いそいそとお湯を沸かし始める桐椰くん。至れり尽くせりだ。そんなに私不機嫌そうだったかな、とちょっと反省した。折角だから桐椰くんが紅茶を淹れてくれるまでチョコケーキを食べるのは待とう、とテーブルに置いて座り直す。


 ……が、いかんせんお腹が痛い。暖めたら多少よくなるよね、と桐椰くんがソファの背にかけているパーカーを借りてお腹の上で抱えた。ついでにごろんと横になる。うん、これはいいかもしれない。


「……お前なにしてんの?」


 数分後、紅茶のポット片手に戻って来た桐椰くんは私を不思議そうに見下ろす。


「んー、お腹痛い」

「……早く言えよ。チョコケーキなんか食べていいのか?」

「それはいいの」


 私が寝転がっているせいで桐椰くんの座る場所はなく、ポットをテーブルに置いた桐椰くんは、私の足が向けられている肘掛けに腰を下ろす。そのとき、丁度松隆くんと月影くんが入ってきた。


「桜坂、具合でも悪いの?」

「お腹痛くて」

「布団を被らずに寝たのか?」

「ツッキー、私はそんなに子供じゃないです」


 カバンを椅子に下ろした松隆くんの目は紅茶のポットと開いたチョコケーキの袋と、そして私を交互に見た。


「……桜坂、お腹が痛いのにケーキを食べるのはやめたほうがいいんじゃない」

「桐椰くんと同じこという」

「当たり前だよね? 遼、俺のぶん」

「俺をお手伝いみたいに使うんじゃねーよ! あるけど」


 あるんだ。桐椰くんのカバンからは直方体の箱が出てきて、その中に四切れほど、私がさっき貰ったのと同じケーキが入っていた。


「なんで一個だけラッピングしたの?」

「昼休みに食べようと思ってた」

「食いしん坊」

「お前には言われたくねーよ」


 松隆くんと月影くんは椅子だけ持ってきてサイドテーブルの前に座る。紅茶が入るのを待ちながら「ソファもう一個増やす?」「確かにこういうときは不便だが、さすがに勿体なくないか?」なんて呑気に話してる。因みに私はまだ寝転がっている。


「フォークあったっけ?」

「あぁ、あるある。使ってないけど」

「いつも手でいいかってなるもんね」

「パウンドケーキなら手でもいいんじゃないか?」

「行儀悪くない?」

「だからいつものことだろ」


 なんでこんな男の子三人の中で、紅茶が入ってチョコレートケーキが出てくるなんて放課後になるんだろう。生理中で眠いのもあって、うとうとしながら三人の会話を聞く。松隆くんが「チョコチップ入ったやつがいい」なんて我儘を言って「うるせーな、だったらお前が作れよ」なんて桐椰くんがいつも通りのリアクションをして「マグカップ、桜坂の分はどうするんだ」なんて月影くんがどうでもよさそうな心配をしている。そっか、第六西って、元々透冶くんも使ってたのかな。そうだとしたら、透冶くんのマグカップは、まだここにあるんだろうか……そうだとして私がそれを使うのは……。


「おい紅茶入ったぞ」

「桜坂、寝てない?」

「この状況でかよ」

「具合が悪かったんだろう、仕方ない」

「起こすより寝かせとく? 今日昼間会ったとき顔色悪かったし」

「まぁ。紅茶くらい淹れ直せば済むし」

「いつまで寝るかにもよるんじゃないか」

「いいよ、別に俺、暇だし。ここで時間潰して、起きたころに送って帰るよ」

「夕飯の準備あるからありがたいけど、なんかお前一人に任せるの不安だな……」

「大丈夫、お前のパーカーを俺の上着に変えるくらいしかしない」

「何の文句があるんだよ! 大体俺が貸したんじゃなくてコイツが勝手に使ってんだよ!」


 何か喋っているのは聞こえていたけれど、本当に眠たくて、何を喋っているのかまでは分からなくなっていった。





 うっすらと目を開けたとき、何時だったんだろう。視界に入ったテーブルの上はマグカップが二つある以外には片付けられていた。もぞもぞと身動ぎすると「起きたの?」と松隆くんの声が聞こえる。


「……何時……」

「五時過ぎ」

「……体痛い……」


 ソファで寝てしまったし、何より眼鏡のせいで、こめかみのあたりが少し痛い。半ば無意識的に乱暴に眼鏡のつるを引っ張ろうとすると、「壊れるよ」なんて優しい声と一緒に、冷たい指先が頬の上を掠めた。下にしていた左側頭部に手が滑り込んだかと思うと、少しだけ頭を持ち上げられて、するりと眼鏡が抜かれる。頭はまたソファの上に沈み込んだ。そして今度は体ごと浮く。奇妙な浮遊感に頭の中に“?”は浮かんだけれど、それがいっぱいになる前に広々と柔らかい布団の上に下ろされた。


 酷く目蓋が重かった。不意に意識は戻ってしまったけれど、脳は覚醒していないのが分かる。ぽんぽん、と頭を撫でられると本当にまだ寝ていていい気がして、何も考えずに目蓋を下ろした。








 次に目を開けたときは、体を起こした。うーっ、と背伸びをすると「起きたの?」なんて笑い交じりの声がする。目を擦りながら眼鏡を探して手を彷徨わせる。見つからなかった。


「何時……?」

「六時前。よく寝てたね」

「えぇ……本当に寝すぎちゃった……」


 きょろきょろと眼鏡を探していて、ふと、自分がベッドに寝ていたことに気が付いた。現に、いま喋っている松隆くんがソファに座っている。もしや、あまりに私が熟睡していたから、ベッドに運んでくれた?


「……松隆くん、」

「別に悪いことはしてないから安心して」

「あ、うん、それはうん……待っててくれたの?」

「まぁ、送らないといけないし」

「起こしてくれてよかったのに」

「あんまり気持ちよさそうだったから」

「紅茶……」

「よければ淹れなおすよ」

「ん……さすがに悪いから、いい……」


 ぐっ、ともう一度背伸びをして、ぐしゃっとなってしまった髪を手櫛で整える。


「ケーキは……」

「袋に入ってるの持って帰りなよって」

「なるほど……」


 私が開けた袋はマスキングテープで止め直されていた。もしかして桐椰くんはマスキングテープを常備してるのかな。まさかね。ありがたくそれはカバンの中に入れた。


「さて、リーダー、お待たせしました、帰ります」

「はいはい。具合悪いときはあんまり無理しないようにね」


 あと眼鏡ね、と渡されて、眼鏡が見つからないままだったことに気が付いた。「ありがとうございます……」と返事をしながら、いつの間に外したのか覚えてないことにも気づいた。もしかして寝てる間に外してくれたのかな。これみよがしに首を捻ってみせたけれど、松隆くんは何も言わなかった。








 次の日、ホームルームが始まる前に荷物を片付けていると、「桜坂」と呼ばれた。んん?と怪訝な顔で振り向くと、月影くんが教室の扉の前に立っている。ズカズカと他クラスに入ってこないのが真面目な月影くんらしい。


「なんでしょう?」

「心労にはハーブティーが効く」

「はい?」


 そして唐突な言葉に頓狂な返事をした。月影くんが構う様子はなく、その手に持っていた紅茶パックを押し付けられた。


「心労は万病のもとだ。原因不明の体の疾患を抱えたとき、最終的に行きつく原因はストレスが多いからな」

「は、はぁ……」

「寝る前に飲むといい」


 じゃあな、と月影くんはいなくなった。首を傾げ続けていると、「桜坂、丁度良かった」なんて松隆くんまでやってくる。またまた私の手に何かを押し付けた。


「これは……」

「アロマだけど、あんまり香りきつくないから。部屋に置いとくとリラックスしていいよ」

「はぁ……」

「ちゃんと夜は寝るんだよ」


 じゃあね、と松隆くんはそれだけ言って足早にいなくなった。意味が分からなくて私は一人首を傾げ続ける。そこへ今度は登校してきた桐椰くんの登場だ。


「あ、今日は顔色いいな。元気になったのか?」

「うん……?」

「急に寝落ちするし、昼間も顔色悪かったってアイツら心配してたぞ。昨日はちゃんと寝たのか?」

「……多分?」

「それならいいけど。ちゃんと昼も食えよ、おかずわけてやるから」


 確かに強烈な眠気と腹痛には悩んでたけど、生理で具合が悪かっただけです……。そうとはいえず、漸く昨日の桐椰くんのお世話と松隆くんのセクハラのない言動と、今しがた受け取った物に納得がいった。なるほど。どうやらいざとなったら御三家は過保護らしい。


「桐椰くん今日はお弁当なんだね、おかずなーに!」

「元気になったらなったでうざいな、お前」


 手にハーブティーのティーパックが入った箱とアロマセットを持って、るんるんと桐椰くんの前の席に座る。誰かが心配してくれるというのは、嬉しいものだ。