王様ゲーム
「あ、丁度いいところに」
御三家と一緒に廊下を歩いていると、警戒してやまない声に呼び止められ、ビクッと肩が跳ねた。真っ先に振り向いた桐椰くんが、感じ悪く、ふんっと鼻を鳴らす。
「何の用だよ、鹿島」
そう、相手は鹿島くんである。鹿島くんは余裕のない私を一瞥し、桐椰くんに対して朗らかに微笑んでみせる。
「そう不愉快そうな顔をするなよ。面子を揃えるためにちょっと付き合ってほしくてね」
「面子を揃えるって、合コンでもするつもり?」
お前はともかく俺達には不要なんですけど、とでも付け加えそうな声音で答えたのは松隆くんだ。
「合コン……ではないけど、近いかな?」
「いずれにせよ付き合う義理はないけど」
「そう付き合いの悪いことを言うなよ、松隆」
が、すっと鹿島くんの差し出した一枚の写真を見て、松隆くんがぴくりと眉を寄せる。
「先日、一人の生徒に厳重注意を言い渡した。これはその原因になった写真なんだが、データも含め、今から付き合ってくれるならお前に譲渡してもいい」
「……なるほどね」
二人の間に漂う空気感は、まるで戦略でも練っているかのような独特なもの。その空気を作り出した写真は一体何なのか、私と桐椰くんからは見えなかったので、二人して「なになに?」「お前また誰かの弱み握ろうとしてんのかよ……」とそれを覗きこみ──。
「分かった、付き合ってやる」
「交渉成立だね、先に写真だけあげるよ」
「あぁ」
「ちょっと待って!?」
二人の間で成立した取引に、私が慌てて割って入る羽目になった。桐椰くんは唖然として写真を凝視しているので、素早く松隆くんの手から写真を取り上げる。
「これ私の着替えシーンじゃないですか!!」
──そう。鹿島くんの手にあったのは、女子更衣室で着替えている私の写真だ。とはいえ幸いにも、撮影シーンはシャツを脱いだ直後で、写っているのはキャミソールくらい。でもこんな場面の写真があるということは当然続く動きの写真もあるに違いない。
なぜこんな写真があるのかは分からないけれど、取り敢えず写真を見ていた桐椰くんをキッと睨んだ。少し顔を赤くした桐椰くんは目を逸らしながら「いやこんな写真あるとは思わなかったから驚いて……」としどろもどろ言い訳をする。続けてキッと松隆くんを睨むと、「ここで回収して処分しないといけないと思って」なんて飄々と答える。この変態達め!
「鹿島くん、これどういうこと?」
「言っただろ、厳重注意を言い渡した生徒がいるって。御三家(きみたち)のことをやっかんでた男子が一人いてね、桜坂のこういった写真を撮ってどうにかしようとしたわけさ。偶々彼が回収するより早くカメラを見つけた女子が不審がって職員室に届けて、というわけ」
カメラを見つけた女子が君を嫌ってない女子でよかったね、と鹿島くんは鼻で笑う。確かに、このカメラを見つけたのが舞浜さんや蝶乃さんだと私の写真が出回っていただろう。ついでに、その犯人が厳重注意で済んでいるという事実は、生徒会関係者だったのではないか、なんて推測させる。
「というわけで、松隆は写真を受け取ったわけだし、生徒会室まで来てくれる?」
「俺の手元に写真なくなったんだけど」
「処分する予定だったんだから要らないよね?」
油断も隙も無いな、リーダー。惜しかったなぁ、なんて冗談じみた口調で松隆くんは肩をすくめてみせるけど、何がどこまで冗談なのか怪しいものだ。
というわけで、鹿島くんに連れられて行った生徒会室には、蝶乃さんとふーちゃんが真ん中のテーブルに座って待っていた。蝶乃さんは私達を見ると不満げに顔をしかめ、ふーちゃんは「あ、御三家とお姫様だー」と緊張感のない声と共に手を振ってくれる。
「で、何をしようというわけ?」
「王様ゲーム」
「は?」
気だるげに席に着いた松隆くんが尋ね、鹿島くんが返事をし、桐椰くんが頓狂な声を上げた。
「王様ゲームは分かるだろ? 王様役のいうことを聞く」
「それは分かるけど、なんで?」
「あたしがやりたいって言ったから」
にこーっと笑って答えるのはふーちゃんだ。お前かよ!と御三家側(わたしたち)が内心激しくツッコミを入れた。なぜここにいる三人の中で一番無害そうな生徒会役員がそんな要望を。
「えー、だってやってみたくない?」
「俺はランダムじゃなくて自分の狙った相手を服従させたいタイプなので」
「聞かれてませんよ松隆くん」
「つか生徒会役員の希望だったらなんでも叶えてやるのかお前」
「まさか。薄野とやった個人的なゲームに負けたからその代償ってだけだよ」
なんだそこの二人、個人的なゲームするとか、意外と仲が良いのか……とは、多分私以外も思っただろう。
さぁさぁ、とふーちゃんはおみくじの筒みたいなものを取り出して軽く振った。ガラガラ、と音がするので、きっとその中には王様ゲーム用の棒が入ってるんだろう。
「折角揃ったわけだし、始めましょう!」
*
ルールは普通の王様ゲームと全く同じ。ふーちゃんが持っている筒の中には七本の棒がはいっていて、それぞれの先端は、六本は一から六のいずれかの数字が書いてあって、一本は赤く塗られている。テーブルに座っている順に棒を引いていき、一ゲームごとに棒を引く順番をずらす。つまり全部で七ゲーム。そして、円形テーブルではどこが始点というのもないので、始点を決めて席替えをした結果、月影くんを始点に、ふーちゃん、松隆くん、私、桐椰くん、蝶乃さん、鹿島くんの順に並ぶことになった。
「というわけで、月影から順に引いていこうか」
第一ゲーム、開始。月影くんが無造作にくじを引き、ふーちゃん、松隆くん、私……とひいていく。もちろん王様以外はお互いに何番のくじかは隠しておかなければならない。私が引いたのは三番だった。
「あ、俺王様だ」
そして記念すべき第一ゲームの王様は桐椰くん。んー、と桐椰くんは首を捻った。
「じゃあ……二番が六番の人のいいところを三つ言う」
「えー、なにそれ可愛いー」
ふーちゃんの感想は、多分私達全員が抱いた。王様ゲームってもっとスレスレの命令を下すものだと思っていたのに、桐椰くんの手にかかるとこんなほのぼのしたものに変わってしまうのか。
「二番は俺だな」
「六番はあたし」
が、まさかの組み合わせに難あり。月影くんと蝶乃さんが名乗りを上げ、私達の笑みは凍り付く。
褒める褒めない以前に、その二人、まともに会話をするかどうかさえ怪しいのでは?
しかしさすが真面目な月影くん、ふむ、と腕を組んで考え込む。
「そうだな。まず一つ、顔面偏差値」
「あら、もっと言い方あるんじゃないの? 花高史上最大の秀才は表現力に乏しいのかしら」
「次に、“秀才”というその程度を大小で表すことのできない評価に対して“最大”という言葉を用いるなど、他者に日本語の遣い方を指摘させる機会を与えてくれるため、付き合うことで日本語力を鍛える契機を得ることができる」
「ちょっと! 今の誉めたうちに入るの!?」
ちょっとでも嫌味を言おうものなら数百倍にして返ってくる……。松隆くんは鼻で笑ったが、蝶乃さんは当然にご立腹だ。私も思わず顔を背けて笑いを堪える羽目になった。
「最後に……そうだな、常に自信を窺わせる堂々とした態度を貫く点だな。無根拠とはいえ、等身大しか語らない真面目な人間よりも自身を大きく見せることができるのは誰にでもできることではないし、いつか役立つだろう。以上だ」
「以上じゃないでしょ? 最初の一つ以外何も褒めてないじゃない」
「俺なりに褒めた。当社比、というやつだ」
「全く、これだから御三家は……」
せっかく桐椰くんがほのぼのした命令を出したというのに、ただ嫌味をぶつけただけとなってしまった……。月影くんは何も悪いことなんてしていないと言わんばかりに腕を組んで座り直し、蝶乃さんは格下の人間に向けるような侮蔑《ぶべつ》に近い眼差しを月影くんに向けている。確かに、月影くんと蝶乃さんに接点はないから、一言の嫌味に全力で嫌味を返す月影くんが悪いような気も……。でも彼氏だという鹿島くんもいつも通りの薄い笑みを穿《は》いているだけで何もコメントしないし、別に気にしなくていいんだろう。
「はいはーい、じゃあくじ戻して第二ゲームに移ろ!」
ふーちゃんが仕切る通り、今度はふーちゃんからくじを引く。私は一番だ。次の王様は「ん、俺だね」と松隆くん。見た目が王子様で中身が王様の松隆くんはただいまをもって王様になった。思わず身構える。
「そうだね……じゃあ四番が王様に土下座」
「待て」
どうやらまた月影くんらしい。松隆くんが言い終えるか終えないかのタイミングで制止の声がかかった。いつも無表情の月影くんの口元が、心なしか僅《わず》かに震えている。
「なぜ何も悪いことをしていないのに土下座をさせられるんだ」
「そういうゲームだから」
「よりによってお前に土下座をしないといけないのも気に食わん」
「そういうゲームだから」
一方松隆くん、爽やかな笑顔。他人に──しかも自分の親友に──何の理由もなく土下座をさせて楽しもうとするその性根、ドSとかじゃなくて本気でその性根を疑いたくなる。半分くらい非難の気持ちを込めて視線を送っていると、気づいた松隆くんが肩をすくめた。
「俺ももちろん、鹿島とか蝶乃のほうが楽しかったよ?」
「聞き捨てならないな、その発言」
「松隆くんって何かにつけてあたしの名前出すわよね」
「嫌いなだけだから誤解を招く物言いはやめてもらおうか」
なんでこの面子で王様ゲームなんてやろうって言いだしたんだ、鹿島くんは……。明らかにミスだし、人が足りないだけなら腐るほどいる生徒会役員でよかったじゃん……。しかし、そんな感想は今更抱いても仕方がない。
結局、月影くんは珍しく何かと理由をつけて土下座を回避しようとしていたし、桐椰くんが「いいじゃん、お前が土下座するのなんてこの先も見れなさそうだし」なんて茶化せば恨みがましい目で睨んだ板けれど、最終的に渋々ながらも、椅子に座る松隆くんに向かって土下座した。松隆くん、恍惚《こうこつ》の表情。正直、引く。
月影くんも舌打ち交じりに荒々しく着席し直すほどのご立腹っぷり。そりゃそうだ。ふーちゃんだけが楽しそうに第三ゲーム開始を告げる。
私のくじは四番。さっきじゃなくてよかった。王様は「はーい、あたしです」とふーちゃん。
「王様ゲームなんだから、松隆くんみたいに攻めていこうねー。というわけで、五番が二番にキス」
「おい!!」
「ちょっと待て」
そしてどうやら、当たってしまったのは桐椰くんと松隆くんらしい。さっきとは打って変わって冷や汗でも流してそうな松隆くんの表情には思わず吹き出した。普段松隆くんにやられっぱなしらしい蝶乃さんも鼻で笑い、鹿島くんは「薄野は絶対そのネタやると思ってた」と呟き、月影くんがいつもの無表情を楽し気に変える。
「どちらが五番なんだ」
「……俺。でもゲームなんだから──」
「ゲームだから理由のない土下座もするべきだと俺に言ったのはお前だろう」
言い訳しようとする松隆くんに対する飄々とした返事。御三家を敵に回してはいけないというのは常々感じてはいるけれど、御三家内部でも同じなんだな、なんて確認させられた瞬間。
勢いあまって立ち上がった松隆くんは、そのまま苦悶《くもん》の表情でテーブルに手をついていたけれど、やがて意を決したように顔を上げる。
「分かった。決めたことだから仕方ない。遼、顔貸せ」
「待て俺は納得してない!」
が、キスには当然相手がいる。二番のくじを片手に持つ桐椰くんは松隆くんを拒むように、手でストップの動作をとった。
「何でお前にキスされなきゃなんねーんだよ!!」
「それは俺の台詞だ、なんでお前なんかにキスしなきゃなんないんだ」
「誰が得するんだよ俺達がキスして!」
「えー、漫研の女の子とかかな?」
リアルな返事に松隆くんと桐椰くんが素早く振り向き、絶望した顔でふーちゃんを凝視する。なおその手にはスマホ。
「頭おかしーだろ! 俺が総にキスされてんの見て何が楽しいんだ!」
「楽しい人種がいるんですよ、桐椰くん」
「テメェは黙ってろ! 楽しむんじゃねぇ!!」
「まぁ日頃女子を粗雑に扱っているぶん、たまにはサービスでもしてやれということだろう」
「何のサービスだよ! もっと別の方法があるだろ!?」
「んー、確かに “脱ぐ”でもよかったんだけど、亜季と歌凛ちゃんがいるからねー」
暗に二人の裸がサービスショットになることを告げるふーちゃん。怖いな、女子。
「いいじゃないの、楽しい絵じゃない? それに、桐椰くんは彼女できないんだから、そういう趣味だっていえばいい理由になるでしょ?」
「テメェ蝶乃……」
桐椰くんの声が苛立ちで震えている。こういう会話を聞いてもなお、やっぱり桐椰くんと蝶乃さんという組み合わせには違和感がある。というか、蝶乃さんって、現状桐椰くんのことどう思ってるんだろう。蝶乃さんのことだからフッた相手に未練があるわけないし……。
と、そこで鹿島くんが不意に鼻で笑う。
「まぁまぁ歌凛、そんなこと言ったら可哀想だろ。桐椰だって相手を選んでるだけかもしれないし、こじらせてるとは限らないんじゃないか?」
「こじらせてるまで言わなかっただろ蝶乃は! しかも勝手にこじらせてることにすんじゃねぇよ!」
「へぇ、意外だけど桐椰って相手選んでるんだ」
「その言い方やめろ!」
「おい鹿島」
そこで桐椰くんをいじめると黙ってない松隆くん。ふーちゃんの命令のせいか鹿島くんの台詞のせいか分からない怒りの火がその瞳には灯っている。
「お前の喋り方とキャラが若干俺と被る。どっちか変えろ」
「いま口挟んで言うことそれかよ!!」
あぁ、桐椰くんツッコミお疲れ様……。ただでさえ二人からすれば無理難題に近い命令のせいで困惑していたところにこの会話の応酬。本当にどこにいっても保護者だな、桐椰くん。
「もういい、遼、顔貸せ」
「だから嫌だって言ってんだよ! やめろ!」
桐椰くんの胸倉を掴む松隆くんと、松隆くんの額と肩を全力で押さえて拒んでいる。この絵面だけでも十分酷いな、なんて感想を抱く私とは裏腹に、ふーちゃんが既に写真を撮りながら「うん、これでも十分かな!」なんて嬉しそうに頷いていた。
「おい薄野! せめて口はやめろ!」
「えー、うーん……まぁほっぺでもいいけど……」
「は? 元からそのつもりだよ」
「え、そんなこと言うなら口と口で──」
「譲歩してくれてありがとう薄野」
松隆くん……。
結局松隆くんは桐椰くんの胸倉を掴んだまま乱暴に引き寄せて左頬にキス。最早触れたか触れていないか分からないくらいの一瞬の出来事で、二人ともすぐさま皮がむけるんじゃないかと思うくらい力強く唇と頬を拭った。次いで口を揃えて「駿哉、除菌ティッシュ」と揃って手を差し出す。月影くんがそれを差し出すと、奪うようにそこから一枚ずつ取って、除菌。顔の肌は比較的弱い部分とはいえ、まだ皮膚という点で除菌してもセーフ……といってもよさそうだけど、松隆くんの唇は除菌なんてして大丈夫なんだろうか……。まぁそうしないと二人の気が休まらないんだろうけど……。
そんな様子を眺めながら、月影くんは珍しく薄く笑みを浮かべ、蝶乃さんは平静を保っているように見せかけて嗤い、鹿島くんは声を上げて笑い、私は笑いを堪えていた。シーンを激写したんだろうふーちゃんだけがご満悦《まんえつ》の表情だった。
「……ねぇ桜坂、消毒してもいい?」
「私に除菌が必要になるじゃないですか嫌です」
「哀れだな松隆」
「黙れ」
「はいはーい、じゃあ第三ゲームはこれで終わりにして」
上機嫌のふーちゃんは顔の隣に持ってきたくじの箱をガラガラと振る。
「第四ゲームにいきましょう」
to be continued.