「おつかれさまでーす!」


 ふーちゃんはやけに高いテンションと声で元気に私達の前に現れる。その手にはトレーを持って、その上には大きめのポットが一つと、カップがいくつか……。その背後から滑るように現れたのは例によって深古都さんだ。その手にはやはりトレーがあって、そのトレーにはやはりポットとカップと、そしてもう一方の手に載ったトレーにはとてもオシャレなケーキが……。


「何?」


 真っ先に疑問を投げかけたのは松隆くんだ。マスクをしているので、マスクを通してもごもごと口が動いたのが分かる。


「みんな外出禁止で疲れてるでしょー? だから少しでも癒しをって!」

「外出禁止の趣旨を分かっているのか? このように一部屋に集められ、挙句軽食だと? オーバーシュートを恐れないのは勝手だが、他人を巻き込んでどうする。結果、ロックダウンにでも追い込まれたら──」

「んー、月影くんは都知事なのかなー」


 月影くんを遮るなんて、さすがだ。私も同じことは思ったけど、とても口に出す勇気はなかった。もごもごとマスクの裏で喋っていた月影くんは、ふん、とそっぽを向いて黙る。ふーちゃんは深古都さんと一緒に、いそいそとテーブルの上に紅茶のポットを置いた。


「大丈夫だよー、だってほら、ここはパンデミック状態にない世界線だから!」

「お前も都知事なのかよ」


 分かりやすいボケに、さすがツッコミ隊長桐椰くん、我慢できずにツッコミを入れる。大人の事情満載のセリフにツッコミを入れなかったのは、それこそ大人の事情ってヤツだろう。


 呑気に紅茶を淹れ始めたふーちゃんの前で、御三家はいそいそとマスクを外す。マスクをしてきてね、なんて言われるから何事かと思えば、とある世の流れに乗っかってみただけらしい。あほらしい、と三人の顔には書いてあった。


「……で。なにこれ」

「えー、いいじゃん、私が急に御三家と話したくなっても!」

「だからって俺達をここに入れるか?」


 ここ──生徒会室である。休日の学校の生徒会室だし、深古都さんがいるし、ふーちゃんと桐椰くん以外に生徒会役員はいないし……。松隆くんが「なにこれ」と口にするのも無理はない。


「だってー、ここならキッチンあるしー、来客用のカップもあるしー。御三家のアジトにもあるのかもしれないけどー、どうせ入れてくれないんでしょ?」

「当たり前だろ。というか、なんで俺達が薄野と話さないといけないわけ?」

「感じ悪いよ、松隆くん」

「いいじゃんいいじゃん、おいしい紅茶とケーキ持ってきたんだしさー」

「ふーちゃんふーちゃん! それに引っかかるの桐椰くんだけだよ! 松隆くんはコーヒー派だし!」

「うるせーよお前は!」


 みょーん、と桐椰くんに頬を引っ張られた。でもほら、深古都さんがケーキを目の前に置いた瞬間に視線がそっちに移ってるじゃん。清々しいくらい分かりやすいよ。


 月影くんも、目の前に置かれたケーキと紅茶に少しだけ頬を緩めた。


「……なんだこれは。慰労会か?」

「随分上等なものが、って言いたいんでしょ? 本当、おもてなしなのかな、って感じだよね」


 ケーキは、松隆くんの大好きな、フランスで有名な某日本人パティシエのメーカーのもの。紅茶はアルファベット三文字のあれだ。間違いなく美味しい、しかも高級品の組み合わせ……。まさか懐柔でもされるのかな、私達。でも何に対して?


「というわけでー、いただきまーす」

「深古都さんは食べないんですか?」

「執事ですので」


 テーブルについて、元気よく手を合わせたふーちゃんの斜め後ろで、深古都さんはいつも通り直立不動。そうか、使用人って身分が違うからご主人様と同じ席にはつけないのか……?


「えー、いいじゃん、深古都も食べれば」

「……で、これ、目的なに?」


 突然の高級な紅茶とお菓子、賄賂としか思えない、と。ケーキに手を付けたがっている桐椰くんがそわそわしている。誰一人手をつけようとしないあたり、御三家は全員同じ発想らしい。


「やだなー、そんなわけないじゃーん。疑心暗鬼もいいとこだよー」

「どう見ても疑われて当たり前のことだろ、これ」

「だってー、とある世間は外出自粛で暇そうだしー、私も暇だしー、なんだか暇潰しになることないかなーって」

「暇潰しで呼び出される俺達の気持ちになってほしいんだけど」

「でも亜季が来るっていえば来てくれるもんねー、さすがだよねー」


 約二名は大人しく黙った。残された一名が「俺は行かないと言ったんだがな」と相変わらずのツンデレを発揮。酷いよツッキー。


「ま、だからお菓子食べて紅茶飲んで、和気藹々としようよ。ね!」

「薄野と和気藹々としてもね……」

「いいじゃーん、お見合いしてる仲なんだからー」

「家庭の事情でね?」


 冷ややかに切り返した松隆くんは、渋々といった様子で漸く紅茶に手を伸ばした。桐椰くんは松隆くんと、その隣の私の顔を見比べる。


「……食べていいのか、これ」

「うーん、わかんないけど、いいんじゃない? 食べたくて仕方ないんでしょ、桐椰くん。待てはそろそろ終わってもいいよ!」

「犬じゃねーんだよ俺は」


 そしてケーキにフォークをつけると、確かに、桐椰くんがうずうずしていた理由も分かった。おいしい。


「甘いけど甘すぎない……柔らかい……おいしい!」

「グルメレポート下手かよ」

「え、私普段美味しいしか言えないから、今の私すごいって浸ってたんだけど……」

「だから下手なんでしょ」

「酷くない?」

「所詮言葉巧みなのは遼を煽るときだけということだな」

「そうなんだよねー、桐椰くんを煽るときは流れるように言葉が出るんだけど……なんでだろうね?」

「知らねーよ、つかこっちが聞きたいっての!」


 文句を言いながら、紅茶も絶妙に美味しかったらしい。桐椰くんの横顔はほくほくしている。さっきまで疑ってた人の顔とは思えないな。


「大体、頭の無駄遣い過ぎんだろ。逆のことに使えよ、誉めるとか」

「えー、じゃあ交換条件で桐椰くんが私のことほめてくれたらいいよ」

「可愛い」

「は?」


 素っ頓狂な声は、三人分あった。次いで、カシャーン……とフォークがお皿の上に落ちてけたたましい金属音を鳴らした。空気が凍っている──ただし、一部だけ。並んで座る私達の向かい側で、ふーちゃんがにこにこと、組んだ手に顎を載せて座っている。