「お前ッ……いい加減にしろよ! 俺達で遊んで楽しいか!?」
「え、楽しいよ?」
「マジでいい加減にしろよてめぇ!」
「桐椰くんってやっぱり育ちが良いんだね、本音なのに全然口汚く罵れないなんて」
「うるせーよ! そういうお前は本音なのに煽りあるんだな! 大体、女子相手に口汚く罵れるわけねーだろ!」
おお……桐椰くんといい松隆くんといい、やっぱり紳士だな。
「というか、月影くんだけさっきから黙ってるの狡くない? どうせ喋ればぼろが出るから黙っとこうって策略なんだろうけどさ、私達はこの有様だし、狡くない?」
「そうだと分かっているのに、本音しか口にできない状況でわざわざそう話しかける君は本当に頭の出来が残念だな」
「それ本気で思ってるってことなんですよね!? いつも半分冗談くらいに思ってたのに本当に酷いよ!?」
まさかの月影くんはいつも本音で喋っていただと……! くっ、と頭を抱えた。月影くんと仲良くなったのはやはり私の妄想だったというのか……!
「意外だな、本当の桜坂って純真さの欠片もない感じだと思ってたんだけど、喋らない駿哉に向かって狡いって思うとか、存外普通の感情はあるんだね」
「松隆くんの本音、いつも以上に毒舌が過ぎるので、やめてほしい」
「大丈夫だよ、そういうところも可愛いと思ってるから」
「だからやめてって言ってるじゃん! 私だって人並みに照れるんだよ! 元々松隆くんの顔だけは好きなんだから!」
あ、余計なこと言っちゃった……。松隆くんの目が一瞬で冷ややかになった。しまった。リーダーの逆鱗──というか逆コンプレックスに触れた。
「好きでこんな顔に生まれたわけじゃないんだけど。大体、顔がいいって言われようがなんだろうが、俺自身は毎朝見飽きてるだけのただの顔だし、ただの遺伝子配合の結果だから両親の出した成果とでもいえばいいんだろうけどそれって俺と関係ないから心底どうでもいいし、寧ろそれ以外魅力がないって言われてるみたいで凄く嫌だ」
「松隆くんの拗らせ方半端なさすぎでしょ」
聞いてはいけない本音を聞いてしまった気がする……。言いながら松隆くんの顔もひきつっていた。松隆くん、意外と中身は謙虚なんだな……。
「松隆くん、意外と中身は謙虚なんだな……」
はっ……! 慌てて口を両手で塞いだ。しまった、ふーちゃんのいう、黙ってても勝手に喋ってしまう効果が出始めた!
「どうしよう! このままだと松隆くんの顔だけは好きって口が滑りまくる!」
「現時点で滑りまくってるんだけど、俺のこと嫌いなのかなって思うよね」
「いやいや、嫌いじゃないよ!? 暴君なのに実は甘えん坊で可愛い松隆くんのこと好きだよ?」
「そういうこと思ってたんだ? へーえ、なめられてんね、俺も」
だめだ、何を言っても火に油。因みに松隆くんはそこでマスクを装着した。焼け石に水だと思うけどな。
「焼け石に水じゃない?」
「まぁ、ないよりマシかと思って。うっかり桜坂にキスして黙らせてやろうかなーとか思っても、これならマスク越しだからまだ責められないかなって」
「この変態!」
とんでもない犯罪予告に、私も慌ててマスクを装着した。松隆くんの傍にはいられない。ていうか急にキスする男は痴漢だって言ってなかったけ?
「つまり松隆くんも痴漢?」
「俺は口先だけで本当にはしません」
マスクをしていて目しか見えないので、余計に冷ややかに聞こえた。キスだけに、とか言ったら空気凍りそうだな。
「キスだけに、とか言ったら空気凍りそうだなー」
……空気が凍った。もう嫌だ。
「んー、でも、普通のキスよりマスク越しのキスのほうがえろくない?」
「ちょっとそこの見た目だけ超可愛い女の子、変態な会話を始めないでください」
「意外と話分かるじゃん。俺もそう思う」
「そこの変態も同意しないでください! だから松隆くんの顔だけは好みとか言っちゃうんだよ!
あ、また言っちゃった。
「はいはい、どうせ顔だけですよ、俺は」
松隆くんが拗ねちゃった。ふん、とそっぽを向く松隆くん、いつもこのくらい素直なら可愛げあるのにな。
「いつもこのくらい素直なら可愛げあるのにな」
「そういうキャラで売りたいと思ってないから」
「キャラ作ってるの……?」
「顔だけでも好きって言われてんだからいーだろ、文句言うんじゃねーよ」
ぼそっ、と。自分の身を案じてだんまりを決め込んでいた桐椰くんに薬が回り始めたらしい。バッ、と桐椰くんを見た瞬間には、桐椰くんは机に額を打ち付けていた。
「待って! 桐椰くん! それは本当に痛いから! あ、痛いっていうのは怪我的な意味でね、行動がイタイって言ってるわけじゃないんだけど……」
「それが本音だってのが腹立つな! お前少しは俺のこと誉めたらどうなんだよ!」
「あ、誉められたかったんだ……」
……これはだめだ。桐椰くんの顔はすでに茹でだこ状態、多分いつか再起不能になる。
「大丈夫だよ桐椰くん、誉めようと思えば桐椰くんのことはいくらでも褒められるんだよ、可愛いねとか、私の煽りにいちいち反応してくれるとこいいなとか、ご飯美味しいなとか」
おっといけない、本当に流れるように出ちゃう。もう一度物理的に、マスクの上から口を塞いでみた。
「今誉められたところ、全部異性的な意味では意味ねーじゃん」
「だから顔だけって言われてる俺よりマシだろ」
「でも顔褒められてるほうがまだ芽があるだろ! 今の聞いたら、どう考えても俺は犬か保護者だろ!」
いや、犬ってほどじゃないんじゃないですかね。しっぽ振ってる感じが可愛いとまでは言ってないし。可愛いって言っただけだし。しいていうなら確かに頭は柴犬っぽくて可愛いし、いちいち犬っぽくはあるんだけどね。
「確かに頭は柴犬っぽくて可愛いし、いちいち犬っぽくはあるんだけどね?」
ああ、また言っちゃった。もう一度しっかりと口を塞ぐけど、既に桐椰くんは恨みがまし気な目で私を見ている。
「お前……マジで俺のこと犬だと思ってんだな……」
「ふがふが」
「別に、そこまで拗ねなくていいんじゃないの? 犬っぽいって愛嬌あるともいえるわけだし。大体、全部お前の中身じゃん? それはさぁ、隣の芝が青いみたいなもんでしょ。恋愛してたらそう考えがちなのは分かるけどさ、俺がまさに同じかもしれないけど」
あ、また松隆くんの拗らせを覗いちゃった。マスクの裏でしかめっ面をしているのが分かる。
「別に、顔が好きって言われてるだけで、他が嫌いって言われてるわけじゃねーだろ。お前はさー、頭も良いし、テニスも上手いし、男から見ても抱かれたいとか言われるわけじゃん、そういうほうがいいだろ……」
「別に男から見て抱かれたいとか言われても。というか、女から見て抱かれたいとか言われたところで、こっちだって誰彼構わず抱きたいわけじゃないし、選ぶ権利はあるわけだし」
「権利がある時点で勝ち組だろ」
「でも好きな女相手には権利貰えないわけじゃん。大体、俺は見た目から寄ってこられるから、女に好かれても友達は少ないし。お前は中身で寄ってこられるんだからさぁ、友達も多いし、結局女が本気で好きになるのはお前みたいなタイプなわけじゃん。俺はお前のほうがいいと思うけどな」
……おかしいな。口を両手で塞ぐという莫迦なことをしながら、両隣の二人を再び見た。さっきまで私宛の口説き大会みたいになってたのに、いつの間にかこの二人がお互いを褒め合ってるだけになったな。どんだけ仲良いんだ、この二人。
「ふがふがふが」
「俺から見ればお前達は二人とも十分魅力がある人間だと思うが。この間抜けな桜坂一人にいつまでも拘るのが不思議なくらいにな」
「割り込んできたと思ったら、だから何で私の悪口なの! それも冗談半分だと思ってたのにやっぱり本音なの! ツッキー本当に私のこと全然可愛いと思ってくれてないんだね!」
「そうだな」
くそお! 思わず口を解放してしまった後、拳を握りしめた。ツッキーめ。所詮はふーちゃんみたいに顔が可愛い子がタイプだというのか! 確かにふーちゃんは趣味がこういうことだったりするだけで性格もとてもいいけれど!
「ツッキーめ。所詮はふーちゃんみたいに顔が可愛い子がタイプだというのか! 確かにふーちゃんは趣味がこういうことだったりするだけで性格もとてもいいけれど!」
あ、また言ってしまった……。
「薄野の顔が可愛いのは自明だと思うが」
「はいそこアウトー!」
自分でも何を言ってるのか分からない言葉が飛び出てしまった。月影くんの顔にボールでもぶん投げてめり込ませたい。そういうあざといのなしだよ!
「そういうあざといのなしだよ!」
「自明のことを口にしてなにがあざといのか知らんが。俺が主観的に君と薄野を比べて、という点が気に食わないのであれば客観的な視座でも与えよう、おそらくと言わず君と薄野を並べれば十人中十人が──そこの趣味の頓珍漢な二人はおいておき──薄野のほうを可愛いと口にするだろうし、性格を知っても、確かに君が誠実なのは認めるが、誠実という点では薄野もそうであるし、漫画が趣味と口にしつつ読書に関してはジャンル問わず幅広く読むだけあって多くのことを知っている、教養が高いとはこのことだ。こういったおふざけの結果忘れられがちだが、社交場に出れば誰もが認める良家のお嬢様と呼ぶに相応しい格式の──」
「あ、これ、解毒剤ね」
淀むことなく喋り続ける月影くんの言葉をぶった切るためだろう。ふーちゃんはガンガンガンッと音を立てながらグラスを四つ置いた。慌てて私達は手を伸ばし、ふーちゃんは月影くんに勢いよく突き出した。
「はい」
「何か不快なことでも口にしたなら謝罪するが──」
「深古都」
「畏まりました」
月影くんの口には、深古都さんの手によって無理矢理グラスが運ばれた。ごふっ、と月影くんが間抜けに反応してしまったのは余談だ。
そして、ふーちゃんはいそいそと立ち上がる。
「ふぅー! あー、楽しかった! じゃ、私はこれで!」
「待て薄野」
そさくさと立ち上がり逃げようとするふーちゃんを、二人の声が引き留めた。いつもは少し高い桐椰くんの声と穏やかな松隆くんの声とが、揃って低く冷ややかに変わっている。
「そうだよね、二人が羞恥プレイ筆頭だったもんね」
あ、まだ効果が切れてない。
「男だったら何発か殴る蹴るさせてもらうんだけど、薄野相手にそういうわけにはいかないし」
「でもこのままだと腹の虫も収まらねーし」
「うふふ、やだなー、楽しかったでしょ? みんなの本音聞けて!」
「それよりなにより言わされたくもない本音を言わされてるんだよ」
「お前にだけ都合悪くなったらちゃっかりやめるしな、マジで今回ばっかりは許さねーぞ」
「ちょっと、何の騒ぎ?」
がらっ、とふーちゃんが生徒会室の扉を開けた瞬間に、蝶乃さんが現れた。久しぶりの登場がとんでもなくややこしいタイミングだな! ふーちゃんが「あ」と間抜けな声を漏らし、気付いた御三家が視線を向ける。
「なんだ、蝶乃か。生徒会役員でもないのに偶然を装ってわざわざ休日に通りかかるとは、いつも以上に滑稽だな」
「は?」
「このややこしいタイミングで現れるんじゃねーよ……今用事ねーんだよ……いやいつもねーけど……」
「は?」
「やっぱり蝶乃って見るからに不健康そうだし自尊心無駄に高そうだし頭悪そうだし、こんな女を好きになるヤツの気が知れないな」
「はああ!?」
そして効果が切れていない御三家による唐突な罵詈雑言……。蝶乃さんはぶち切れて叫んだけど、さすがに今回は同情する。月影くんのいうように偶然を装って通りかかったのか、本当に偶然通りかかったのかは知らないけど、天災に等しい巻き込まれ方だ。
「でもなんだろう……やっぱり可哀想とか同情できないのは日頃の行いかな……確かに未練ありまくりの桐椰くんにいつも用事ないとか言われたら凹むのは分かるけど……」
「ちょっと! 何なのよ!?」
あ、また口に出ちゃった。最早泣き出す勢いで怒っている蝶乃さんの目の前に立っていたふーちゃんは、にこっと笑って私達を振り向いた。
「多分もうすぐ効果切れるから。あんまり歌鈴ちゃんに八つ当たりしないでね!」
「仕掛け人が何を言っている」
「別に八つ当たりじゃなくて思ったこと口に出ただけだけどな……」
「八つ当たりするほど面白くない、というか八つ当たりの価値すらないくらいあるし……」
「だから! 一体何なのよあなたたちは!」
「じゃ!」
蝶乃さんの隣を素早くすり抜け、ふーちゃんは走り去った。深古都さんは私達にぺこりとお辞儀して、ご主人様の後を追った。蝶乃さんだけが目を白黒させて二人と私達を見比べる。
「……だから何? 何なの? 急に……失礼だと思わない?」
「失礼が服着て歩いてるヤツが何言ってるの」
「松隆くん、本気でそういうこと思ってるんだね。そういうとこだよ」
高尚な比喩は蝶乃さんの理解の範疇を超え、蝶乃さんはやはり目を白黒させている。はぁ、と私は溜息をついた。
「本当、今回ばかりは蝶乃さん可哀想だよね……まあどうでもいいんだけど」
あ、また本音が出ちゃった。
END