11 : 覚醒





ということで、あたしと紅霞、翠霞の三人は無事アルフの遺跡にたどり着くことができました。
迷うも何もないんだけどね…おじさんに話しかけられたりはしたけど。
「君!ポケモントレーナーだろう!?キキョウのジムに行かなきゃだめだよ!」と足止めされてしまった。
おかげで自分の向かっている方向が間違ってたことに気付けて、おじさんに教えてもらいつつ。

遺跡、というには、なんだかあまりにも・・・


「人、いないね…」

だな…

アルフの遺跡の研究は一向に進んでないって聞いたことがあるよ。
 研究者たちも何をやっているんだろうね、役に立たな過ぎ。



辛辣な翠霞のお言葉も程ほどに、あたしはもらったパンフレットを見る。
ゲートでもらったパンフレットだけど(久しぶりの観光客みたいですごくはしゃいでた)一通り地図がのっている。
なみのりで行かなきゃいけないところがあったり、繋がりの洞窟から繋がっているところもある。
現段階で行ける場所は限られているんだけど…。


で、ヒスイ。どうするの?

「とりあえずは、大広間かな?」


文字が読めるようなら、大広間の壁に書かれている文字とかもわかるかも。
何かあたしの手がかりになればいいんだけど・・・。
(研究者の人を差し置いて、っていうのは悪い気がするけれども。)

一番大きな洞窟のようなものの中に入る。アルフの遺跡は地下に建てられた建造物で、階段の段数は半端じゃなかった。
ゲームの中では梯子だったはずだけ、ど。


じめじめ、してるな…


さも嫌そうに紅霞が舌打ちをした。
尻尾の日が心なしかしょぼくれている気がして(絶対口には出さないけど)(彼はプライド高そうだし)早めに済ませないとな、と紅霞を抱こうと両手を伸ばした。
が、その赤い身体はあたしの腕をいとも容易くすり抜ける。


自分の心配だけ、してろ。


まるであたしの考えがわかったかのようにぼそりと言う紅霞の頭を撫でて、「ありがとう」と笑った。
途端何故か一瞬固まったけれど、すぐに正気に戻って『さっさと用事済ませろ』と彼は水気の少ない場所に腰を落とした。
近くも遠くもなく、いい距離だ。

先に色々見回っていた翠霞が『さっぱり読めないよ』と葉を心なしか垂らした。


「2人とも、ありがとう。ちょっと見てみるね」


翠霞は黙って後ろから付いてきてくれ、あたしの足元に常にいるつもりみたいだ。
2人の別々の優しさに感謝しつつあたしは手近な壁を見た。
ぎっしりとアンノーン文字が並べられて頭が割れそう・・・。

そもそも、ところどころ痛んでて全文を読み解くのに時間がかかりすぎる。
多分、ローマ字だと思うんだけど。

流しながら読めそうな部分を目で探ると、ふと、声が聞こえた。
微かに聞こえた声に、思わず足元の翠霞を見る。


どうしたの?

「あ、ううん…」


翠霞よりも、声が低かったし、彼ではない。
となると。

あたしの歩いた分だけ近づいて、でも座って距離を保ってる紅霞を見ようと視線を向けようとした時だった。
はっきりと、後ろから。あたしを呼ぶ声がした。


『ヒスイ』

「ッ…!」

ヒスイ、大丈夫?


もはや、あたしには翠霞の声は遠く彼方から聞こえてくるものと同じだった。
声のする方へ、ゆっくり、でも確実に足が向かっている。

あるひとつの壁画に導かれるように触れれば、あたしの意識は一瞬にして体から離れた。







「(ここは…どこだろう)」


コポコポ、と気泡が足元からゆっくりとあたしの頭の方へと上がっていく。
眩しいように感じるのは、あたしが水の中にいて、その液体が蛍光色をしているからだ。
体が思うように動かず、目だけで周りを観察した。

どうやらあたしだけが液体に包まれているようだ。
白い服を着た人たちは、医者か、研究者だと思う。そういう風貌だ。
あたしはガラスか何かの筒状のものに入れられていて、恐らく体中に管がある。
そして、あたしの肌はまるで白い。病的な白さ。


『気がついたぞ、意識が回復した』

『これで---に、---を投与できる』

『早速---を入力して、---を投与しろ』


ふわふわとした意識の中、管から茶色の液体が運ばれるのを見ていた。
それが体内に入ってすぐ、体が、疼きだした。
動かなかった体が動く。ただ、あたしの意識とは別に。


--- やめろ・・・


誰かが、泣くように叫ぶ。
神経が異常に過敏になるような、そんな感覚に吐き気を覚えつつ、声をかたむけた。


--- ヤめテクれ・・・

--- コロ、セ


どうか、泣かないで。つらいよね。あたしも、すごく、つらい。
心がまるで憎しみで満たされる気分だ。
肌がピリピリして、目で手を見た。指が、足りない。
太い指が3本しか、ついてないのだ。

これはあたしの身体じゃない、と確信したその時、赤い液体が目の前の管を通った。
憎しみが殺意に変わって、あたしは意識を手離した。

…はずだった。


気がついたか、ヒスイ。久しぶりだな。


ふわふわと浮かぶ何匹ものクロとシロの物体。
アンノーンは、感情の起伏のなさそうな声であたしに話しかけた。


視たか?我らの、記録を。

「彼は、ミュウツー…でしょ?」


毒々しいまでの白い肌、何度か見たことがあった。
どうしても捕まえられなかったポケモンだ。あたしのゲームはバグがあったのか、折角大事にとっておいたマスターボールを投げても何故か捕まえられずに、諦めたポケモン。
彼が"作られた"ポケモンだってことは知っていたけれど、何故、あたしが彼の記憶を?

それに、アンノーンは記録、と言った。
その、意味は?


複雑な顔をするな。
 我らの、要望を聞きにきたのだろう?それとも、彼らを残して現実へと逃避するか


「…それだけは、しないって約束した。」


俺から、離れんな。』紅霞が言った一言に、あたしは了承したのだ。
紅霞と翠霞、ふたりは、あたしの大切な家族。


良い瞳だ。
 まず、我らの事を話そう…我らはこの世界を創り、終わりを見届ける監視者。そして、我らと共に歩みを決めた生命体…その一族の末裔がお前だ、ヒスイ。


「…は?」


アンノーンと、共に、歩みを決めた生命体の一族の末裔?


「り、理解できる範囲を超えてるってば…」


あたしがげっそりと言うと、アンノーンは幾分か声を殺して笑った。
感情はあるんだ、てっきり、ないような声をしていたから。わざとそうしているのかもしれない。
一頻り笑ったアンノーンが再度あたしに語りかける。


突飛な話だろうが、そういうことだ。我らとお前の先祖は、アンノーン一族としてこの地に留まっていた。
 だが、人間が増えるに連れて、我らは途絶えていった。我らの姿は、監視者としては古すぎたのだ。
 我らは神を作り、そして、監視者の任を背負わせた。そして我らは歴史の記録者として、空間から姿を消した。


「えぇっと…わかんないことだらけだけど、あたしを選んだ理由はわかった。一族の末裔ってことだからでしょ?
 でも、そもそもあたしはここの世界の人間じゃないワケで、どうして血の繋がりがあるの?」

素質は、血で決まるわけではない。


アンノーンの言葉にあたしが思わず口を開けたが、瞳を、あたしの方に向けた。
思わず言葉を飲み込むと、ふ、と柔らかい視線に戻った。


疑問があるのも無理はない…が、時間がない。我らはまだ完全ではない。
 我らの願いは、彼らに安らぎを与えてほしいのだ。監視者としてではなく、記録者としてではなく。ポケモンとして、彼らを解放してやってほしい。
 苦しみを負うべきなのは、我らだと言うのに。



わからなかった。
アンノーンが、どうしてこんなにも、辛そうに話すのか。
だけど彼らの望みは理解できた。ようは、助けろってことだよね。
つまりさ、それって。


「ヒーローになれってこと、か」

巻き込んだことを、申し訳なく思う。
 我らは完全ではない。だが、我らはお前に力を貸す。覚えていてくれ、我らは常に共にある。



キラキラと、ペンダントが光って、その刹那。
黒目の部分からたくさんの黒い珠が空に向かって飛んでいく。
何もないただの空間に、朽ちた色がついていく。


どうか、ヒスイ。どうか…


忘れないでくれ。

彼が消えると同時に、あたしは、2人の少年と目が合った。


お、起きた!紅霞!紅霞!!

騒ぐなよ、頭に響くかもしれないだろ!?
 おい、ヒスイ…具合はどうだ?


「だッ…」


あたしは、深い綺麗な緑色の髪をした少年と、彼より僅かばかり背の高い少年を交互に見た。
やっと声が紡げるようになって、一言、漏らす。


「だ、誰、ですか」

「「はぁ!?」」




09.10.19



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