◎04 : 視線
「じゃあ、気をつけていってくるんだよ」
「はい、ウツギ博士。」
送りにきてくれたウツギ博士に頭を下げる。
ハナノさんはぎゅっ、とあたしを抱きしめてくれた。
痛いくらいの体温にきしり、と心が泣いた気がした。
「ヒスイちゃんの家族、見つかると良いわね。でも、覚えておいて。
あなたが誰の子でも、どこに住んでいてもあなたはここに帰ってくる資格があるの。
だから、たまには顔を見せてね?」
「っ…はい、ハナノさん。」
母のような暖かさは以前にも増して深く強く感じるようになった。
どれだけの人に出会ったとしてもきっとこの人の暖かさを感じることはできないんだろう。
でも、と付け足す。
「卵が生まれたら戻ってきますから、そのときにちゃんと帰ります。」
「あら、そうだったわ!すっかり忘れていたわね」
ふふふ、とハナノさんが笑って涙を拭いた。
こういうところは女のあたしから見てもすごく可愛い。
そういえばヒトカゲくんに挨拶してないや、と見回したけれど見つけられなかった。
送りに来てくれたっていい仲だと思ってたんだけれどなぁ。
「じゃあいってきます!」
「ヒスイちゃん、できればその子をボールから出してあげてね!」
はーいと手を振ってワカバタウンから一歩出る。
一度だけ通った道だけれど、それでも、緊張した。今日はヒビキくんがいない。
博士に言われたようにポケモンを外に出そうとベルトからボールをとって宙に投げる。
が、中身が出てこない。
「…あれ?」
もう一度投げる。が、出てこない。
おかしい、たしかに昨日ここにいれたのはウツギ博士がくれたボールだったのに。
いつの間にかあたしが買ったボールになっている。
『
マヌケだな、盗られたことにくらい気づけよ』
「ヒトカゲ、くん…」
あたしのボールに座ってこちらに話しかけてきたのはあの、ヒトカゲくんだ。
返してもらおうと手を伸ばすとさっと逃げる。
『
お前にコイツは、いらねェだろうが!』
「い、いるよ!卵の中のポケモンはまだ生まれそうにないし、あたしポケモンと戦えない!」
『
ッ…バカが!なんで俺をボールにいれねーんだよ!』
べち、とボールを投げつけられる。その反動で中にいた子が出てきた。
ワニノコかチコリータか確認してなかったけど、チコリータだった。
可愛らしい眼をくりくりとさせて、でも、不敵に笑った。
『
君、手持ちに入れてもらえないから僕を奪ったの?情けないにも程があるね』
『
なんだとこのッ…!!』
どうやらチコリータくんは男の子のようで(そういえばゲームでも♂になる確率のほうが高かったっけ)ヒトカゲくんを見下すようにあたしの肩に乗った。
続けてチコリータくんは口を開いた。
『
僕はもう昨日からこの人のポケモンだよ、前から一緒にいたのに手持ちにしてもらえなかった哀れなヒトカゲくん!』
『
んだと雑魚の分際でッ…!』
彼の尻尾の炎が一段と大きくなってあたしは慌ててヒトカゲくんを抱きしめた。
わかってあげられなかった、ずっと居場所がないっていってたのに、ヒトカゲくんは。
君の強がりに弱さに気付けなかった。
「ごめんね、ヒトカゲくん。」
『
…アイツなんかやめて、俺にしろよ』
「そ、それはできないけど…でも」
あたしについてきてくれないかな、と少し声を落として聞くと、肩に乗ってたチコリータくんが大声を上げた。
『
えぇー!?僕コイツ嫌だよ!乱暴っぽいし、マスターは僕だけのものでしょう!?』
『
てめェ調子に乗っていられるのも今のうちだけだからな!消し炭にしてやるよ!!』
「はいはいそこまで、チコリータくんも、ヒトカゲくんのほうがあたしを知ってるから。
ヒトカゲくんも、チコリータくんのほうがあたしのポケモンになるのがはやかった先輩なんだから、仲良くしなさい。」
『『・・・・・』』
なんとか2人を和解させて、ベルトについてたボールをヒトカゲくんに向けた。
一回入ってもらえばあたしのポケモンだと認識される、はず。
「一応、入ってくれる?」
『
・・・・・・・・ちょっとだけだからな』
赤い光になってヒトカゲくんが吸い込まれる。やがれてカタカタ動いてたボールが止まると、赤く光ってたボタンが消えた。
が、すぐに勝手に開く。
『
狭い!暗い!息が詰まる!お前よくこんなとこに入ってられるな…』
『
僕だって好きじゃないよ!何度逃げ出そうと思ったことか…
でもそのおかげでマスターに会えたんだもんねっ!』
ちゅ、と頬にキスしてくるチコリータくんが可愛くてつい頬の筋肉がゆるみっぱなしになってしまう。
が、これだけはいただけない。
「チコリータくん、紹介が遅れたけど、あたしはヒスイ。
マスターって呼ぶのは、やめてね?」
『
どうして?』
「主従関係ではなくて、仲間であって、友達でしょ?」
だからだよ、とあたしが笑えばチコリータくんは眼をキラキラさせた。
可愛いし、女の子みたいな顔立ちだし、癒しだ!(さっきの発言諸々は忘れることにした)
ふたりどっちかをボールに戻すのも可哀想なので(狭いし暗いらしいからね)(あたしはそういうトコ嫌いじゃないんだけどなぁ)空のボールをベルトに下げて歩くことに。
ポケモンっていうのは個性が強いんだろうか、歩きながら器用にケンカしている2人はとても仲が良い。(と思う)
ふと、二匹の前にポッポが現れた。どうやら怒り爆発しているようで、苛々と翼をばたつかせている。
「そういえば、ポケモン図鑑をオーキド博士からもらったんだった。」
ぴっとつけると、ポッポが図鑑に表示される。
捕まえなくても詳細がわかるのはいいことだ。無駄に乱獲する必要がないし…。
ポケモンは数匹で十分。
ポッポをどうしようか悩んで、横を通り過ぎようとしたらすごく怒られた。
『おいテメェ、シカトぶっこいてんじゃねーよ!俺はなぁ…フラれたばっかりで気がたってんだよ!バカヤロー!!』
「すっごい私情で絡まれてるよねあたし」
『
ねぇ、君。』
チコリータくんはふわふわと葉っぱを宙に浮かべてる。
(あれ、あの技ってなんだっけ?)
『悪いんだけど邪魔だから消えてくれる?』
葉っぱはそのまま真っ直ぐポッポに飛んでいく。が、ポッポは軽やかに避ける。
『へへ、こんな弱い攻撃当たるかよ…
ごふっ!!』
後方からくるっと葉っぱが回転してまたポッポに真っ直ぐ向かってきたことに気付かなかった彼はぐったりと倒れてしまった。
そして暫く考えた後、『おぼえてろよー!』と飛んでいってしまった。
あの技ってもしかして…マジカルリーフ?
「あの、チコリータくん…」
『
えへへー♪僕ヒスイのために弱点克服したよ!早速ご褒美のちゅーを…』
『
黙れエロ草が』
げし、とチコリータくんを蹴るヒトカゲくん。よくないよ、そういうのは。
チコリータくんを助けながらあたしは首をかしげた。
なんでマジカルリーフが使えるんだ。まだもらったばっかりでレベルも低いはずなのに!
でも何故か聞かれたくないような素振りをしているので何も見なかったフリをした。
ゲームじゃないんだし、そんなことだってきっとあるさ。図鑑についてもそうだったから。
一度いったことがあるヨシノシティまでの道程であろうことか迷ってしまったあたしが目的地についた頃にはすっかり日が暮れ始めていた。
そりゃあ間違えて46番道路に行っちゃったのだから仕方ないんだけど。
おかげで戦い抜いたチコリータくんとヒトカゲくんはくたくたである。
「や、やっとついた…」
『
俺らがワカバ出たのって昼だったよな…』
『
普通2時間もかからないよね…?』
「きょ、今日はもうおしまいっ!」
2人を無理矢理ボールにいれてポケモンセンターに向かう。
ちゃんと回復してもらわなくちゃ。
ここに来るのは二度目だけど、今回は部屋を借りなければいけない。
受付にいるジョーイさんのところまで歩いて行く。
「すみません、部屋1つとポケモンの回復お願いします。」
「トレーナーカードを拝見しますね」
あたしはウツギ博士とハナノさんが用意してくれたカードをボールと一緒にジョーイさんに渡す。
暫くしてカードが帰ってきた。
「はい、いいですよ。部屋の準備ができるまで寛いでいてください。
その頃にはあなたのポケモンたちも回復していますから」
「はい、ありがとうございます」
にっこり笑うジョーイさんにちょっと見惚れつつ慌てて頭を下げた。
後ろがつかえ始めていたのであたしは急いでソファに腰を沈めた。
結構混んでて、やっぱりポケモンセンターって必要不可欠だよなぁとぼんやりと考えているとお尻が少し沈む。
隣に誰が座ったのか、とぼんやりと頭を上げると赤い髪の少年と目が合った。
あれ、この人…って、たしか。
「何ジロジロ見てんだよ。」
ああそうだ、金銀編のライバルさんだ。
確かどこかにサカキの息子って書いてあったような…にしても美人だな。
女の子だっていっても通じそうだ。髪も長いし。
「おい、聞いてんのかガキんちょ」
あれ?でも彼はなんでこんなところにいるんだろう。
というか盗んだ後あたしと戦うんじゃないの?だってあたし以外にポケモンもらってないし。
でも順番がぐちゃぐちゃだからゲーム沿いってワケでも・・・
「シカトしてんじゃねえよ!」
「いだっ!」
ぼーっと考え事していたら声をかけられていたみたいだ。
頭にチョップをもらった。(帽子のおかげで威力は軽減されてるけど)
彼は何度もあたしを呼んでたらしく、若干苛々しつつあたしを睨みつけている。
仕方ない、気付かない自分が悪いのだし。でも言い訳どうしよう。
かなり長い時間見てたんだから変態もいいところだ。
「あ、えっと、」
「なんで俺を見てた?」
ああ、どうしよう、すっごく不機嫌だ。
そうさせたのはあたしなのだけれど。
「ワカバタウンで、ジュンサーさんが言ってた人と似てて…あの、きっとこういう顔なのかなって」
「ヒスイさん、シルバーさん。ポケモンが回復しましたよ」
ナイスタイミングできてくれたジョーイさんはあたしと彼(シルバーって呼んでた)にポケモンを渡した。
ふたつのボールを見て、彼はにやりと笑う。
そんな様子に気付かない様子でジョーイさんはあたしの部屋はもう少しだと言った。
「なぁ、お前もトレーナーなのか?」
「え、あ…そ、そうなのかも」
「だよな、じゃなきゃポケモンセンターになんか用もないよな。
じゃあバトルだ」
「え゛?」
反論するまでもなく、拒否権を行使するまでもなくずりずりと半ばひきづられるようにしてセンターの外に連れて行かれた。
回復したばっかり…なのに…。
09.10.08
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