◎07 : 感情
ぽっぽーぽっぽー
和やかな朝のポッポの囀りが聞こえて、ゆっくりと眼を開ける。
さほど眩しくないのはカーテンが閉まっていて、あったかいのは、ヒトカゲくんがここにいるから。
それに、あたし、ベッドの中にいる。
「昨日…」
ぽつり、とまだ覚醒しない意識で呟いた。昨日、あたしは何をしてた?
確か名前を考えてて、シルバーくんに意見を聞いて…
あのまま寝たのに、ベッドの上にいるし、布団もかかってる。
でも彼の姿はソファにはなかった。
「荷物も…ない…。今、何時だろ…」
うとうととウツギ博士からもらったポケギアを覗けば8時。
学校があったら完璧遅刻だ、と重い瞼を必死に支えてなんとか身体を起こす。
ソファに触れてみれば、まだ少し、暖かさが残っていた。
朝まではちゃんと休んでくれてたんだな、とふと安心してシャワーを浴びる。
今日中に次の町までつかないかもしれないことを考慮して野宿のための寝袋とかも必要なのかも。
ごつごつした道で寝て危険はないのかなぁと思いもしたけれど、そんなことでくじけてはいられない。
なんとしてもアルフの遺跡に行かないと、彼らが何を伝えようとしたのか、理解する必要がある。
このペンダントのことだって、一体どうすればいいんだか…。
熱めのシャワーを浴びてさっさと上がれば、ヒトカゲくんがもう起きてカーテンを一生懸命開けていた。
身長が低いから、本当に一生懸命してくれている。(すごく可愛い…)
ひょいと抱き上げておはよう、と挨拶すれば『
起きたのか』と視線を上げる。
あたしのまだ濡れている髪を見ながら彼は怪訝な顔をした。
『
髪、ちゃんと乾かせよ。それから机になんかアイツが置いてった』
「うん?なんだろ、これ…」
真っ白な封筒から出てきたのはいくらかのお金と、メモ。
案外綺麗な字で(ちょっと鋭い感じがした)、"次は勝つ"とだけ書いてる。
ああ、これあの時の勝負のお金だったんだ…。
お財布にしまって、メモも一緒に入れた。
シルバーくんにバレたら「捨てろ!」と一喝されちゃうと思うけれど、初勝利記念。
それに、友達ができた!人間の友達は2人目だし!
(相手はそうは思ってくれてないと思うけれど…)
パンとスープ、それにちょっとしたサラダと炒めたベーコンを朝食をとり(因みにヒトカゲくんはポケモンフードというものだ)(ドッグフードなどのように匂いがひどくはない)、身支度をして受付までいく。
チコリータくんをまだ受け取ってないからね。
「おはようございます、ヒスイさん」
「おはようございます、ジョーイさん。チコリータくんを受け取りに来ました」
「えぇ、回復は済んで朝食もとってますよ。道中お気をつけて」
にっこりとわらってボールを渡してくれるジョーイさんに一礼してからポケモンセンターを出る。
とりあえず、チコリータくんをボールから出してあげた。
『
おはよう、ヒスイ!僕そんなに傷ついてなかったのにー。』
「チコリータくんは強いもんね、昨日はありがとう!」
『
疲労程度なら寝れば治るしボールを預けなくていいからな』
ヒトカゲくんの言葉に、そうなのか、とゲームを思い浮かべた。
あれは寝るってことがなかったしなぁ…。
じゃあ次からはそうするね、と2人に言ってからショップに入った。
寝袋とちょっとふかふかした布を買ってからお店を出た。
トレーナーカードを見せればキャンプ用の道具は少し割安になるみたいだ。
なんでこんなにトレーナーは優遇されているんだろう?
まぁ完璧なトレーナーってわけでもないし、そもそもジムに行ってバッジをかけて戦う!なんてこともするつもりはないし。
そもそも"何をすべきか"を知らなければ動きようがないのに・・・。
なんだか悪い気がして、何度か頭を下げてお店を出る。
鞄から卵をだしてもこもこした布で包んだ。
『
いつ孵化するんだろうな』
ヒトカゲくんが卵を抱きながら(予想外に似合ってる…)(これは立派なパパになれる!)耳をすませれば、チコリータくんも寄って同じように耳をそばだてた。
あたしは確か…ゲームだとガンテツさんの家の前で孵化したんだっけ。
ボングリでボール作ってくれる人。ちょっと熱血っぽい・・・
『
でも、たまーに音が聞こえるよね?』
チコリータくんの言葉にあたしも卵に耳をつけてみるが生憎音は聞こえなかった。
人間とポケモンの聴力の違い、かも…。
少し寂しくなってまた卵を鞄の中にいれた。持ち歩くよりはずっと安全だし、何よりこのもこもこした布は衝撃を吸収する!(…らしい)
極力転ばないように気をつけないと。足が短くなった分、感覚も慣れさせなければ。
ヨシノシティを抜けたら次はキキョウシティだったはず。
ポケギアで地図を確認しながら(最初からこうすべきだった!)30番道路に入った。
ゲームだともう少し草むらが多かったはずだけれど、それほどでもない。
"道路"というだけ整備はされてるみたい。
暫く歩いて、ヒトカゲくんがちらりとあたしを見る。
『
なぁ』と遠慮がちに声をかけられた。
『
別に、見る気はなかったんだけど、机の上のメモ…』
「…うん?」
『
考えて、くれてたん…だよな?』
控えめに、ヒトカゲくんが鞄を気にしながら口を開いた。
多分昨日あたしが寝た後、そのままおざなりになってた名前のメモ。
ここでは日本語が使われているようだし、ポケモンが日本語を読めたとしても不思議ではない。
それでも言い出せずに、そうだけど、とあたしは笑った。
「覚悟が、できてなくて」
『
覚悟がいることなの?』
チコリータくんが足を止めてあたしを見上げた。
いるよ、覚悟。何にだって覚悟が必要なのに、結局あたしは優柔不断なまま行動してないかな。
ハナノさんやウツギ博士の元を離れることだってそうだし、ここから現実に帰りたいのかそうでないのか、どうしたいのか、どうすべきなのか。
巻き込まれたことを言い訳して自分を正当化しているんじゃないか、とか。
色々考えると足を何かが触った。ヒトカゲくんが、手を置いてる。
『
なぁ、覚悟も必要かもしれないけど、独りで全部できると思うなよ。
仲間だし、友達なんだろ?だったら俺とこの馬鹿に話してみたら…いいだろ』
『
馬鹿じゃないよ!君よりは知性に富んでいると思うけど?』
『
アんだと…ッ』
「はいはいおしまい!」
2人がケンカをし始めるときりがないので、真ん中に入って止めにかかる。
すると2人は照らし合わせたかのように同時に顔を上げた。
『『じゃあ、話(して)(せ)』』
「そう、きましたかー…」
こういうときは仲がいいのね、ふたりとも。
どうしようもないので、近くに落ちていた枝で地面に"日本"と書いた。
「あたしは、こういう国に住んでいたの」
『
ヒボン?』
『
ニチモトじゃないの?』
「ふたりともハズレ。ニッポン。ニッポンっていう国に住んでた。
つい最近までね」
へぇ、聞いたことないや。と自称知性に富んでるチコリータくんが言うとヒトカゲくんは何かを考え込んだ。
初めて、彼と話したときに、彼はあたしが嘘をついていると見抜いた。
追い出されるワケにはいかないと言い訳染みた説得もした。
「あたしは」
顎が、重い気がした。歯の奥のほうがうずうずする。
言ってしまっていいのか、言うべきなのか、言わざるべきか。
判断材料が少なすぎるんだ、だけど、言うべきだとあたしは思ってる。
居心地の悪い歯を一度強く噛み締めてから口を開く。
「高い、確率で、…この世界の人間じゃない」
『
・・・は?』
『
どういう、こと?』
動揺するチコリータくんの質問には答えられない。
当たり前だ、なんて素っ頓狂なことを口走っているんだ、と自分でも思う。
だけどそれが真実である以上あたしには変えようもない。
ただ言えるのはもしあたしが消えたら・・・?
ヒトカゲくんや、チコリータくんを連れて行けるとは思ってない。
あたしは彼らのトレーナーになる資格なんか、ない。
「アンノーン、って知ってる?」
『
古代からいるポケモンだよね、様々な形があって、その意図は不明。
彼らの力も未知数だってあの研究所の人たちが話してたよ。』
「あたしは、彼らに連れてこられたの」
無言で、2人の視線が突き刺さった。
言葉が上手く繋がらない、彼らに話すことだった覚悟がいることなのに。
あたしにはやっぱり、平凡で、何もない生活の方が向いてるのに。
どうして、あたしなんかを。膝が地面に吸われるように落ちた。
「あたし、アルフの遺跡に行ったら、帰るかもしれない」
一言が、重くあたしに圧し掛かる。
一体その言葉がどれだけヒトカゲくんを、チコリータくんを傷つけたかわからない。
いつかいなくなるとわかってて付き合える?たった少し前に会ったばかりで、あたしのために、傷つくことも厭わないと言えるの?
地面に落ちた染みを見て、雨が降ってきたのだと思って空を見上げた。
変わらぬ晴天に息が詰まった。
これはあたしの涙だったのか。
頬を拭うようにチコリータくんが葉を肌に滑らせた。
それとは反対に、ヒトカゲくんは傷ついたような、怒っているような、複雑そうな顔をしてあたしを見る。
『
少し、考えさせてくれ』
その一言に、あたしは頷くしかできなかった。
09.10.14
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