◎09 : 名前
結局メンバーも欠けることなく、いつもに増して俺様なヒトカゲくんがあたしの手からメモ帳をかっぱらう。
ああ、と声を少し上げたけれどお構いなしにメモを読み上げようと口を開いて、そこで止まった。
「・・・」
『
・・・』
「・・・あの?」
『
…読めねェ』
ヒトカゲくんの呟きに、ぶは、とチコリータくんが吹き出した。
先程ヒトカゲくんと合流してから機嫌が悪い(のか、むしろ逆なのか)ようでやたらとヒトカゲくんに突っかかっている気がする。
因みにズバットちゃん(女の子でした!)は帽子の中でゆっくりお休みになってるみたい。
よく考えたらズバットって夜行性だもんね。
傷についてはヒトカゲくんに散々お説教された。
心配してくれてるのはわかるんだけど…軽率な行為でもああするしかなかったと思う。
ポケモンセンターに引き返すには距離が長すぎたし。
結局チコリータくんも読めなかったようで(あ、あたしの字が汚いってこと!?)(ぐさっときた)しぶしぶとヒトカゲくんはメモ帳を返してくれた。
「本当に、名づけてもいいの?」
『
当たり前でしょ、ヒスイは僕のマスターなんだから。』
チコリータくんの言葉に、ただ黙ってヒトカゲくんは頷いた。
本当に、この2人に出逢えてよかった。
「翠霞」
『
すい、か?』
「こう書くの」
ぐちゃぐちゃとしたメモを送って、次の紙に書いてあげる。
難しい漢字ではあるから(そもそも普段使う言葉じゃないし)眉をひそめるチコリータくんの頭を撫でた。
「翠霞は、緑色の霞のことで、山道を歩くと綺麗な光景に心を洗われるでしょ?
本当はマイナスイオンとかにしたかったんだけどね!」
それじゃあんまりセンスないし。
へらり、とあたしが笑うとそのメモをじっとチコリータくんは見つめた。
気に入らなかった、かな?
「あの、チコリータくん・・・」
『
翠霞』
「え…?」
『
僕の名前、そう呼ばれなきゃ、返事しないよ?』
ぼすん、とあたしの胸に飛び込んでくるチコリータくん…じゃなかった、翠霞を撫でれば、くぐもった声で『
ありがとう』と言ってくれた。
あまりにも小さい声だったけれど、擦り寄ってくる翠霞の体が僅かに震えてて、あたしは堪えられずにその小さな身体を抱きしめた。
甘い匂いがして、いい気分に浸ってるとヒトカゲくんが小さく舌打ちをした。
『
よろしくやるのは程ほどにして、いい加減俺のことを思い出せよ』
「そうだよね、ごめんごめん」
翠霞を抱いたままヒトカゲくんに歩み寄れば、ふん、と鼻を鳴らされた。
どうやら大層ご立腹なようだ。
だけどさっきのこともあって、あたしはすごく不安がある。
でも信じたい。信じるべきだと思ってる。
彼と出逢ったときから、彼と、旅をすると決めたときから。
その瞬間からあたしたちはきっと、仲間だったんだよね。
「紅霞」
『
コウカ?』
「こう書くの」
翠霞がいまだに離れないので(実は相当あまえんぼさんなようだ)太ももにメモを乗せてなんとか書いて見せる。
霞の文字にヒトカゲくんは目を細めた。
『
草…いや、翠霞と同じ字を使ったのは何でだ?』
「まずひとつは、紅霞が翠霞とは違う意味だから。
紅霞は霞のことじゃなくて、夕方の、真っ赤に染まった雲のことなの。
それと、翠霞と紅霞はあたしの初めての相棒。」
出逢った時期は違うけれど、翠霞をボールから初めて出したときと、紅霞をボールに入れた時はほとんど一緒。
兄弟のように仲良くしてほしいし、ふたりがあたしのパートナーなんだ。
だめかな、とあたしが聞くと、ヒトカゲくんは顔を背けた。
『
仕方ねぇから、我慢してやる。』
「ありがとう、紅霞。」
『
紅霞には勿体無いくらい品のある名前だけどね』
『
ンだと…!』
「あーもうっ!」
2人にデコピンをかまして翠霞を地面に置いて大股で歩けば、2人が慌ててついてきた。
いくらトロくたってあたしは人間、足の長さじゃ負けないんだからね。
すっかり夜も更けてしまった。
ズバットちゃんを外に出して体調はどう?と頭(だと思われる部分)を撫でてあげた。
『
もう随分良くなりました。ありがとうございます。』
「良かった。ここ、何処かわかる?」
『
えぇっと…ちょっと待っててもらえますか?』
彼女は口を大きく開けてぱたぱたと飛び回った。
あたしから見れば不規則な動きなんだけれど、きっと何か法則のようなものがあるんだろう。
暫くして彼女があたしの肩に止まって翼をあたしの右に向けた。
『
あっちが縄張りの暗闇の洞穴です!ありがとうございました!』
「おうちが見つかって良かったね」
あたしがそう言って笑えば、彼女は少し下を向いて『
はい』と小さく答えた。
何かあったから抜け出してきたんだろうな、いざ帰るとなると、怖いのかもしれない。
察することはできても、あたしに何ができるんだろう。
そう思っていると、ズバットちゃんはいきなり顔を上げた。
『
私、彼氏とちゃんと仲直りします!』
「う、うん。そのほうがいいよ・・・」
彼氏いたんだ!とか喧嘩して飛び出してきたのか!とか色々突っ込みたかったけれど彼女の真剣なオーラに思わず飲み込んでしまった。
ぱたぱたとあたしの目の前を飛ぶ彼女は決意に溢れている!…気がした。
『
私、ポケモンと話せる人間に出会ったのは初めてだったんです。
人間にもこんなにいい方がまだいるんですね』
いい人だなんて、そんなこと。あたしが言葉を詰まらせれば彼女は柔らかく笑った。
『
ふふ、あなたはもっと自分に自信を持っていいと思います。
むしろ、そうしなくちゃ。
だってこんなに良いパートナーといるんだもの。』
『
わかるポケモンには僕の良さはわかるんだね!』
翠霞が得意げに胸を張ったのを無視してズバットちゃんはまたあたしの肩にとまった。
『
洞穴と反対にあるのが、たぶんあなたの仰っていた町だと思います。
音波の乱れが激しいし、人もたくさんいるから。それほど遠くはないはずですよ』
では!と元気に飛び立つズバットちゃんの後姿に手を振って、あたしは言われたとおりの方角に足を向けた。
そういえば、女の子のポケモンはマリルちゃん以来だ。
恐らくシルバーくんのヒノアラシも男の子だったと思うし・・・。
「みんな個性的だよね、ポケモンって」
『
そうか?まぁ俺から見れば他の人間は皆同じに見えるな…
ヒスイ以外は、どうでもいい。』
そう言ってくれる紅霞は優しい。
けれど一番平凡なのはあたしなんだ。平凡を望んでいたはずなのに、どこかで、嫌っている。
その原因はわかりきっているのに、変われない自分の弱さを受け止める強さもないんだ。
だから少し、羨ましい。
「自分があるのはいいことだよね。
さぁ、キキョウシティまでもう少し!ポケモンセンターがしまっちゃう前に着かないとね!」
間に合わなかったらどうしよう、とは考えないようにしよう。
野宿して起きたら顔にキャタピーがついてたりとかしたら…こ、こわすぎる!
そんなこととは露知らず。
紅霞は『
そのへんに寝たらだめなのか?』なんて言うんだもん。
まぁいつでも野生に帰れそうだもんね…紅霞は。
そんな彼に盛大にため息をついた翠霞は馬鹿だね、と鼻で笑った。
『
ヒスイは女の子だよ?この辺りは草むらが多いし、虫ポケモンが出てきてもおかしくないでしょ。
それにマダツボミの塔は夜になるとゴースが出るって…』
「ご、ごーす・・・」
さぁー…と、血の気が失せるのがわかった。
ゴースって、あの、おばけの!魂の塊みたいなポケモンだよね・・・!
それってお、おばけとか、ゆーれいとか、そういう類のものだよね!
「べべべべつにこわくないけどはやくキキョウシティに行こう、うん!」
『
噛み過ぎだろ、ヒスイ。』
「うううるさい!ほら走ってよ、2人とも!」
『
大丈夫なのに、ゴースが出ても僕がぎっちょんぎっちょんにするよ?』
『
(ぎっちょんぎっちょん?)
見るのが嫌なんだろ?』
既にいっぱいいっぱいで聞こえない2人の声は、些か楽しそうだった。
09/10/14
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