深夜一時の約束事


※大学生設定



深夜一時。夜中のニュース番組が続々と終わり、コアなバラエティ番組が各チャンネルで流れ出す。興味が引かれるものを探して1つ、また1つとチャンネルを変えていた時だった。
ピンポーンと鳴る予定のないインターホンが狭い部屋に鳴り響く。こんな時間に突然やってくる奴なんて及川や松川くらいしか思いつかないが、万が一ということもあるのでドアスコープを除くとマフラーをぐるぐる巻きにした俺の彼女が立っていた。
俺のアパートと彼女のアパートはそんなに離れていないのでここまで来るのに歩いて10分というところだが、それでもこの寒空の下歩くと小さな彼女の鼻だって赤くなる。
慌ててドアを開けると彼女は約20センチ真下から泣きそうな顔で見つめてきた。

「名前、どしたの。こんな時間に」
「どうしよう」

放っておくとここで泣かれそうなので慌てて部屋に迎え入れる。
今日は泊まりに行くという話もしていなかった筈だし、何より今日はゼミのメンバーで女子会なの、なんて喜んで飲みに行ったと思っていたのだが。

「外寒かったろ、なんか飲む?」

彼女からの返事を聞く前にココアを取り出しカップを用意する。彼女に目をやるといつもと同じようにベッドを背にしてちょこんと座っていた。よく見ると手にはレポートらしきものが握られている。

「飲む、ありがと」

寒いからなのか少し泣いたからなのかは分からないが、鼻をすんすんと啜りながら彼女は着ていた上着やマフラーを一つずつ脱いで、いつの間にか出来ていた彼女専用のラックへ掛けた。

「で、なんかあった?」

出来たばかりのココアをローテーブルに置くと彼女はそっとカップに両手を添えて暖を取った。こくりと一口ココアを飲み込んだあと、盛大な溜息を吐く。

「課題がね、あったの」

課題というのはテーブルの上に広げられている紙のことだろう、恐らく。嫌な予感がするな、と思いながら彼女の次の言葉を待った。

「それでね、締め切りがね、なんと」
「明日?」
「そう!明日なの!」

話を聞くとどうやらつい2時間前まで行われていた女子会という名の飲み会で事態が発覚したらしく、名前以外は既に提出が終了しているとのことらしい。単位に関わる重要なもので、絶対提出しなければいけないと目の前で嘆く彼女。テーブルに散乱している紙を拾い上げ中身を見たが、学部が違う俺としてはどうやら協力できそうもない案件だ。

「でもこの量なら今からやって間に合いそうじゃん」
「うん、何とかなると思って、家に帰ってからすぐにやろうとしたんだけど、結構飲んじゃって、眠くて・・・」
「で、俺んち来たの?」
「貴大が隣にいたら途中寝ても起こしてくれるかなって思って・・・。
こんな時間なのにごめんね?」

怒ってる?と言いつつ俺の様子を伺う彼女。正直言ってその下からのアングルは可愛いと思うし、いつもなら怒ってないよと言って終わりなのだけど、今回は1つ怒るポイントがあるのだ。

「こんな時間、っていう自覚はあるんだよね?」

彼女のココアと一緒に入れた自分用のコーヒーを一口飲んでローテーブルにカップを戻す。何を言われているのか分からないのか、彼女は首を傾げるだけだった。

「やっぱり怒ってる?」
「怒ってるね」
「ごめん・・・明日も授業あるよね。ごめんね、帰るから」

俺の様子がいつもと違うと察したのだろう。彼女はテーブルに広がっていた紙を回収しようと手を伸ばすが、その伸びた細い腕を俺はがっちりと掴んだ。

「貴大?」
「そこじゃないよ、怒ってるのは」
「分かんないよ、何に怒ってるの?」

これだから無自覚は困る。
入学当初、この子に目をつけていたのはきっと俺だけじゃなかった筈だ。教室の場所が分からないと迷子になっているところをたまたま俺が見つけて、声をかけた。それから話すようになって、という流れで俺たちは付き合ったのだが、まだまだ俺と付き合っているという事実は学内で浸透していないので、四六時中気を張っているというのに。
ついさっきまでこんな真夜中に可愛くて仕方ない彼女が酒に酔った表情でフラフラと外を歩いていたと思うと気が狂いそうだ。無事に俺の家まで辿り着いたからいいと言うものの。

「何かあったらどうすんの」

掴んだ彼女の細い腕を引くと彼女は無抵抗のまま、ぽすっと俺の腕の中に飛び込んできた。

「、あの、貴大?」
「心配するから、この時間に外歩くなら連絡して」
「でも迷惑じゃ」
「迷惑じゃない。そうしないと俺が嫌なだけ」

しっかりと彼女の目を見てそう言うと、俺の気持ちはちゃんと伝わったらしく、彼女はありがとうと照れたように笑いながら俺の背中に腕を回した。


(深夜一時の約束事)


「さ、課題やろっと」

すっかり気持ちを切り替えて課題に取り組む彼女。
健全な男子大学生の俺は悪戯したい気持ちをぐっと堪えながら朝の5時まで課題に付き合った。

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