フローライトのきらめき


中学の頃から彼を見てた。きっかけは単純で、綺麗なトスを上げる人だなと思ったから。女子バレー部でセッターを任されていた私はそんな彼が憧れだった。あんな風にトスを上げたかったけど、どれだけ練習しても同じようにはいかなかった。

中学の途中から彼の眉間には皺が寄ることが多くなった。隣のコートから見ている私ですら男子バレー部の空気が悪いことはすぐに分かった。彼はいつも真っ直ぐだった。もっともっと強くなりたい。その一心で練習に取り組んでいたんだと思う。とてつもないスピードで進んでいく彼に誰もついていけなかったのだろう。

ある日彼が一人で自主練をしていたから思い切って声をかけてみたことがある。

「影山くんのトス、いつも凄いよね」

嘘じゃない、本心だった。三年間ずっと見ていたから。だけど今の彼には言ってはいけない言葉だった。

「打ってくれるやつがいなきゃ、意味ねぇ」

俯いていた彼の顔は見えなかったけど、その声色からは悔しさ、悲しさ、色んなものが混じったようだった。きっと彼はバレーボールが大好きなのだ。

それが、私と彼の中学最後の会話。

しばらくして私は高校生になった。近いからという理由で選んだ高校には彼もいた。噂では青城に行くと聞いていたのに。クラスは違ったし、そもそも彼が私のことを認識しているのか分からないけど、それでも同じ高校という事実が嬉しかった。

入学してしばらく経って、クラスに馴染んできた頃。新しくできた友人がバレー部の練習を見に行こうと誘ってきた。どうやら4組にカッコいいバレー部の男の子がいるらしい。いいよ、と返事をして放課後体育館に向かった。

バレーボールの弾む音、体育館から聞こえてくる声。どれも懐かしく思えた。私はバレー部に入るのを辞めたから。

「ほら!あの子!背の高い子!」

友人の示す方向を見ると、確かに背の高い子がいた。顔は確かにかっこいい。

「本当だ、かっこいいね」
「でしょー?彼女いるのかなぁ」

友人は未だ背の高い男の子について話しているけど、私はもう頭に入ってこなかった。だって、影山くんがいたから。
彼は相変わらず綺麗なトスをあげていた。

「綺麗」

思わず呟いた声は興奮している友人には届いていなかったらしい。よかった。
久しぶりに彼のバレーをしている姿を見た。もう眉間に皺なんか寄っていなくて、ただただ純粋にバレーが出来るということが嬉しい、そんな表情だった。

「休憩!」

恐らく先輩の声だろう、その一声でコートにいた部員がみんな水分補給の為体育館の端に集まってきた。そして、効果音が聞こえたのではないかと思うくらいバチッと彼と目があった。

「帰ろ!」

友人が私の腕を引っ張るが私の足は地面に縫い付けられたようで、そこから動けない。彼の目が私を捕らえたままだから。一歩また一歩と彼は私に近付いてくる。

「お前、烏野だったのか」
「うん」

私のこと覚えてたんだ。じんわりと心が温かくなる。同じクラスになったこともない、ただの女子バレー部の人くらいだろうけど。それでも嬉しかった。そんな私の様子を見て、隣にいた友人は教室に忘れ物したから取ってくると言って走り去った。多分気を遣ってくれたんだろう。後でお礼を言わなくては。それにしても影山くんの周りにいるバレー部員の人からの視線がすごい。居た堪れなくなってきた。

「あの、じゃあ」
「お前、名前何だ?」
「苗字名前です、けど」

帰ろうとしたのに突然遮られて、しかも名前を聞かれるなんて。多分知らないだろうな、とは思っていたけれど、やっぱり彼は私の名前を知らなかった。

「苗字、さん」
「はい」

さんを付けるかどうか悩んだのだろう。中学から一緒とはいえ、お互いに自己紹介なんかしたことないのだから。

「バレー、やってねぇの?」
「、うん、高校ではやってないよ」
「怪我か?」
「違う違う、単純にもういいかなーって」

嘘だ。もういいなんて思っていない。もっと上手くなりたい、もっとたくさんボールに触りたい。だけど、自分の思うように体は動かなくて。中学の三年間で私はバレーの才能がないことを痛感したのだ。下手くそがいたって邪魔なだけだと思って、高校ではバレー部に入るのを辞めた。

「そうか」
「うん、下手くそだったし」
「もうバレー好きじゃないのか」


強い意志を持った彼の目が私を射抜く。そんな質問辞めてよ。だって、まだまだ私は。

「大好き」

思わず溢れたその言葉はずっと蓋をしていた私の本心だった。彼は依然として同じ目で私に言う。

「好きならやればいいだろ。下手くそなら練習すればいい。我慢なんかしてる暇ねぇよ、時間が勿体無いだろ」

いつだって真っ直ぐな彼の言葉は私の心に一直線に届いた。
私はやっぱりバレーボールが大好きだ。続ける理由なんてこれだけで充分なのに、続けない理由を探すのに必死になっていた。馬鹿みたいだったな、と思わず自嘲気味の笑みが溢れた。
それと同時に休憩終わり、という声が体育館に響く。彼も私に背を向けて歩き出した。一つだけずっと聞きたかったことがある。

「影山くん、バレー好き?」

大きな背中に向かってそう聞くと、彼はくるりと振り返って少しだけ口角を上げながら答えた。

「当たり前だ」





次の日、私は女子バレー部への入部届を提出して放課後から練習に参加した。
隣のコートには男子バレー部がいて、もちろん影山くんもその輪の中だ。そして昨日と同じように彼とバチっと目が合った。

「影山くん、私頑張るから」

大きな声でそう言った。瞬く間に私は注目の的となったけど、そんなことは気にしない。これは私の決意表明だ。もうバレーから逃げたりしない、三年間で私に出来ることは全てやってやる。そんな私の決意を聞いて、彼は一言、

「負けねえ」

と言って、少し笑った。



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