注がれたのは毒


※大学生設定。名前変換なし



どちらかと言うと私は角名倫太郎という男が苦手だ。
一年生の時は接点がなかったので、たまに廊下ですれ違う背の高い男の子のくらいの認識だったけれど、二年生になって同じクラスなってから彼と接する機会が増えて少しずつ彼に関する知識が増えた。
表情が豊かとは言えないので何を考えているのか分からないし、ちょっと冷めたような目もたまに怖いし、学校の行事は決まってサボりたがる。たまに話すことがあったけれど、ことごとく素っ気なかった。
だが、あの身長で運動神経も抜群。加えてバレー部のレギュラーということもあって女子からは人気があった。実際私の周りでもかっこいいという友達はいたのだが、適当に話を合わせてやり過ごしていた。
そして三年生になってクラスが離れて、それっきり。
最後の会話なんて覚えていない。そのくらいの関係だった。

今その彼が同じ電車の同じ車両に乗っていることが判明した。大学生とはいえ1コマ目の為に電車に乗ると通勤ラッシュとぶち当たる。いつものように人で溢れかえる電車に溜息をついた後に乗り混むと周りよりも顔一つ程度抜き出ている男の人を見つけた。顔の位置が丁度男性の胸くらいの位置になる私からしたら視界良好なだけで羨ましい。どんな人だろうと背伸びをして見てみたら、角名くんだったというわけだ。幸い彼は私に気付いていないようなので見て見ぬ振りをした。


しばらくして大学の最寄駅に辿り着く。途中の駅で乗ってきた人たちの波に飲まれて開く扉の反対側まで来てしまった。「すいません、降ります」と言いながら反対側を目指すけれど、私の声なんか聞こえてないようで道を開けてくれる人は居ない。むしろホームからは人が乗り込んでくる。もう間に合わないかも、と諦めた時だった。

「降ります」

私の真後ろからハッキリとそう聞こえた。聞いたことのある声だった。その人は人波をかき分けながら、私の腕を掴んで強引に進む。発車します、というアナウンスが鳴り響くホームに二人で降り立った。

「大丈夫?」
「ごめん、ありがとう」

どういたしまして、と言いながら彼は少し口角をあげて笑った。それは私が積み上げてきた「角名倫太郎」というイメージを崩すには充分な破壊力だった。周りは音で溢れているのに、私たちの周りだけは何故か静かで、不思議な時間が流れた。

「久し振り」

先に沈黙を破ったのは意外にも彼。

「あ、うん、久し振りだね。元気だった?」
「サラリーマン押し退けるくらいには元気かな。」

今までこんな風に話したことはあっただろうか。私が勝手に持っていた苦手意識のせいで彼と関わる機会を潰していた気がする。何だか勿体無かったかもしれないな、そう思った矢先、次の電車が来るアナウンスがホームに響いた。

「あ、電車来る」
「ごめんね、一緒に降りて貰っちゃって。角名くんがいなかったらしばらく降りれなかったかも」
「だろうね。いつも大変そうだなって思ってたし」

何で知ってるの?という私の問いかけは滑り込んできた電車の音で掻き消された。聞こえている訳もないのに、彼はまた口角を上げて笑う。そして大きな背中を丸めて私の耳元で囁いた。


「また明日、同じ電車でね」


悪戯な笑顔で手を振る彼を見て思う。やっぱり苦手かもしれない、と。

まだ耳に残る彼の声はまるで毒。毒は熱に変わってじわじわと全身に回りだす。きっと私は、彼から逃げられないのだろう。なのにどうして、こんなにも。いつのまにか上がっていた心拍数に気付かないフリをして、太陽が注ぐ大学までの坂道を毒の回った身体で歩き出した。


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