黄昏に誓う


夏の体育館は熱い。
同じクラスのサッカー部の奴は「体育館は涼しくていいよな」なんて言っていたが、そんなことは断じてない。蒸し暑い空気が漂う体育館で長い間過ごすと外の空気を吸いたくなる。
今日も例外ではなく、自主練の時間にふらりと外へ出た。

ついさっきまでオレンジに色付いていた空は薄い紫に代わっていた。そういえば、少し前に彼女がこの空の配色が好きだと言っていた。

「オレンジと紫も結構お似合いだよね」

そんなことを言って笑っていた気がする。今まで生きてきて、空の色について疑問に気にしたことはない。灰色になったら雨が降る、青くなったら晴れる、そのくらいだったが、彼女から夕暮れの話をされた時、確かに綺麗だと思った。

「飛雄くん」

ぼんやり空を眺めていると、少し遠くから俺を呼ぶ声がした。こんな時間にあいつが学校にいるなんて珍しい。

「苗字、何してんだ」
「今日は委員会があるって言ったじゃん!」

言われた気がするし、言われてない気もする。だが、こういうときは大体俺が覚えていないだけだ。

「そうだった」
「絶対覚えてなかったでしょ」

いつの間にか俺の正面まで寄ってきた苗字。
バレー部の皆に彼女がいることを隠している訳ではないが、冷やかしてきそうな人が何人か思い浮かぶのでこの場を離れることにする。

「こっち」

彼女の腕を掴み、体育館から死角になっている場所へ連れていく。

「歩くの早いよ」
「悪い」

そうだった。俺とこいつでは歩幅が違うことをすっかり忘れていた。まだ片手で数える程しかしていないデートの時に「もう少しゆっくり歩いてほしい」とお願いされたのだった。

「足短いんだから、私」
「そうだった、気を付ける」
「そこは足短くないぞって言うとこだよ」

怒ることもなく、くすくすという女子特有の笑い方で肩を揺らす。俺は初めての彼女が苗字でよかったと思っている。
コミュニケーションを取るのも、相手の感情を考えるのも下手な俺に呆れたり怒ったりせずに、こうやって笑って正しい方向へ導いてくれる。
だが、それに甘えてはいけない。と、菅原さんが教えてくれた。それと、大切にしなさい、とも言っていた。

「苗字はもう帰んのか?」
「うん、帰るよ」
「ちょっと待てるか?」

俺の一言に苗字はこの後の展開が読めたらしく、薄暗いこの場所でも頬を赤く染めているのが分かった。

「待ってればいい?」
「おう、10分くらいで行く」
「ううん、30分なら待てるよ」

なぜ待ち合わせ時刻を伸ばしたのだろう、と思ったが、体育館から日向が俺を呼ぶ声が聞こえてきた。練習相手を探しているのだろう。きっと俺より先に苗字にはこの声が聞こえてきて、その声の主が何の目的で俺を呼んでいるのかも分かっているのだ。

「日向くん、待ってるんじゃない?」
「悪い、30分だけ」
「いってらっしゃい」

ひらひらと手を振って俺を送り出してくれた苗字を、俺は大切にしようと心に決めた。


(黄昏に誓う)


30分後、校門の前で空を見上げて待っている苗字。空はとっくにオレンジでも紫でもなくなっていたが、群青の空を見つめる彼女が俺に気付いて「お疲れ様」と笑いかけたその顔は、柄にもなく綺麗だと思った。

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