純情少年の青き春
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休み時間にクラスの友達がテスト期間中は一番奥の教室が自習室になると教えてくれたので今日の放課後行ってみようと思う。
放課後、木兎と猿杙が帰ろうぜと言ってきたが自習室に行くことを告げて別れた。
後ろからは
「木葉が真面目になった!」
なんて声が聞こえてきたが振り返らないことにした。
今回は気合入れて勉強すると決めたのだ。その理由は同じクラスの苗字さん。
先月の席替えで俺は苗字さんの隣になった。成績優秀で可愛いよりも綺麗と言う言葉が似合う、所謂クールビューティな印象を持っていたが隣の席になってから印象はガラリと変わった。挨拶や他愛もない話をする内に、すごくよく笑う子なのだと知った。俺のなんてことない話に真摯に耳を傾けてくれて、ちゃんとリアクションもしてくれる。
そして最近、屈託無くにっこり笑いかけられる度に心臓が跳ねることに気がついた。いつの間にか隣の席の苗字さんは、俺の中で気になる女子第1位に浮上していたのだ。
とは言っても彼女はやっぱり頭がいい。大学もきっと俺なんかよりずっといいところに行くのだろう。そんな彼女に少しでも近付きたいと思ったので、今回の中間テストで点数をいつもよりあげるのが今の俺の目標だ。
よし、と意気込んで自習室の扉を開く。その音に反応して視線が俺に集まった。そのうち何人かは驚いた顔をしているようだったが気にしない振りをして席を探す。
きょろきょろと周りを見渡していると俺を見てにこにこ笑っている女子がいた。
「木葉くん」
「え、あれ?苗字さん」
名前を呼ぶと嬉しそうに手を振ってくれたので、それにつられて彼女が座っている席の隣に腰を下ろした。
「帰ったと思ってた」
「木葉くんこそ帰ってなかったんだね」
ふふ、といつもより控えめに笑う彼女。なんてラッキー。放課後も彼女と一緒に居られるなんて。生憎自習室は二人きりという訳ではないけれど、それでもこの距離に彼女が居るという事実だけで腹一杯だ。
「頑張ろうね」
そう言って彼女は再び問題集に向き合ったので、俺も問題集に取り掛かった。
「木葉くん」
彼女の声がして顔を上げる。窓の外はもう夕暮れで、結構な時間が経っていることが分かった。
「凄く集中してたね」
「そうみたい、なんか恥ずかしいわ」
「ううん、かっこよかったよ」
好きな子にそんなことを言われて嬉しくない男なんていないだろう。
ありがとう、と呟いた声は余りにも小さくて彼女に聞こえたか分からない。
「帰ろう?ここ、もうすぐ閉まるんだって」
「え?まじ?」
辺りを見渡すとさっきまで勉強していた人たちは誰一人としていなくなっていて、教室にいるのが俺と彼女だけなのだと知った。
「ごめん、もしかして待っててくれた?」
「置いてけぼりは寂しいでしょ?」
早く早く、と片付けを促されて急いで机の上に広げていたものを鞄に仕舞い込む。帰ろうと言ってくれたということは一緒に帰るって認識でいいのだろうか。待っていてくれたくらいだし、もしかして俺のこと気になっていたりするのかな。なんて浅はかな考えも纏めて鞄に仕舞い込めたらいいのに、どうにも俺は顔に出てしまうらしく、頬が緩みっぱなしだ。どうか彼女にバレていませんように。
「お待たせ、帰ろっか」
「うん」
自習室を出て二人並んで廊下を歩く。どの教室からも人の声はしなくて、二人きりだということを意識してしまう。いつも何話していたっけ。何か話さないと。二人の間に流れる沈黙に耐えられない。
「苗字さんは、自習室よく行くの?」
「ううん、初めてだよ」
初めて自習室に行った日が同じだなんて、これはちょっと運命的なものを感じてしまう。
「でも私、今日木葉くんが自習室行くって知ってたの」
「え?」
彼女の発言の意図が分からなくて、思わず間抜けな声が出てしまう。
隣を歩く彼女を見るとほんのり耳が赤く染まっていた。もしかして、もしかするのではないか。
「俺が休み時間話してたの聞こえてた?」
「うん、だって隣にいるんだもん」
「そっか、そうだよな」
そうだよと言って、笑う彼女はどこかぎこちなくて、きっと緊張しているのだろうと思った。だって、俺もそうだから。友達やバレー部のメンバーにはチャラいだの何だの言われるが、本命を目の前にすれば男なんてみんなこんなものだと信じたい。
「私が木葉くんに合わせて自習室行った理由、聞かないの?」
聞きたい、そりゃ聞きたいけど、これ以上は俺の心臓が持ちそうにない。隣にいるこの子に聞こえていないだろうか、と不安になるくらいの心拍音。この子はこれ以上俺をどうする気なんだ、助けて神様。
「そりゃ、聞きたいけど」
「けど?」
約25センチ真下からじっと俺の目を見つめる苗字さん。顔に熱が集まるのが分かる。頼むからその角度は辞めてくれ、俺もう死んじゃうから。そんな俺の様子を見て彼女はクスクスと肩を揺らして笑い出した。
「木葉くんって結構純情だね?」
「完全に俺のことからかってるよね、これ」
絶対そうだ、そうとしか考えられない。俺のピュアな気持ちを返してくれ、なんて思いながらやっとの思いで彼女から目を逸らすが、その代わりに制服の裾をぎゅっと握られる。狡い、狡すぎる。
「ごめんね、木葉くんのこと好きだから、からかっちゃった」
少ししゅんとした表情は演技なのか演技じゃないのか、もう俺なんかには分からないけれど、好きな子が自分のことを好きと言ってくれたということだけで、さっきまでのやり取りも全部忘れられるくらい俺は純情なのだ。
(純情少年の青き春)
「こんな俺ですが付き合ってください」
なんて青臭い告白を彼女へ。
脳内シミュレーションではもっとスマートな告白をする予定だったのだけど、「喜んで」と彼女が笑ってくれたから、これで結果オーライだ。
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