本日晴天、卒業日和


「いいの?」

そう俺の耳元で囁くのは今日この学校を卒業していく木葉さん。

「いいんです」

木葉さんの問いに少しだけ微笑んで返し、視線を戻す。
俺の視線の先には太陽の下、抱き合って笑うように泣くバレー部のマネージャー三人娘がいた。

俺たちのバレー部はとても恵まれていて、頼りになる先輩たちがいて、大エースがいるのは当然ながら、マネージャーが三人もいてくれた。
だが、頼りになる先輩も大エースもマネージャーも、今日をもって梟谷学園を卒業となる。後釜は現時点では見つかっていない。

「あかーし!」

俺の視線に気付き、涙でぐちゃぐちゃの顔でぶんぶんと手を振るのは苗字さん。
三人の中では最も俺を可愛がってくれた先輩で、俺が最も懐いた先輩で、俺にとって大切な人だ。もちろん、恋愛的な意味で。

白福さんと雀田さんたちに何か耳打ちされたあと、俺に向かって走ってくる。
先程俺の隣にいた木葉さんはいつの間にか木兎さんたちと写真を撮っていた。

「苗字さん」
「おめでとうって言って、赤葦」
「ご卒業おめでとうございます、苗字さん」

俺がそういうとぽろぽろと涙を流しながら笑い、ありがとうと言った。
既にたくさん泣いたのだろう、目の下は赤くなっていた。

「明日絶対目腫れますよ、これ」
「そうだよねぇ」

ふふ、と笑いながらまた目を擦ろうとするので慌ててその手を掴む。

「擦らない方がいいです」
「ん、わかった」

こくりと頷き、俺の目を見てまた笑う。
本当に、よく笑う人だ。
明日から俺はこの学校に来てもこの人の笑顔に会うことはないのか。
先に卒業していくなんて、最初から分かりきっていた事実。
何度も何度もこの日のことを考えた。最後まで強い後輩でいようと心に決めたのに。
当日になると駄目だな、鼻の奥がツンとするこの感じ。非常にまずい。

「赤葦も寂しい?」

しかもこのタイミングでこんなことを聞いてくる。なんて人だ。

「はい、寂しいです」

少し間をおいてそう答える。いつも通りに答えられたかどうかは分からない。
だが目の前の人物は俺の答えを聞くや否や、また大きな目いっぱいに涙を溜めていた。

「私も寂しい。赤葦といるの楽しかったな」

そう言ってまたぼたぼたと大粒の涙を流す。
慌てて持っていたティッシュを渡すが、そこで気付いた。
俺といるのが楽しい、そう言った気がする。

「赤葦!」

背後からそう呼ばれて振り返ると苗字さん以外の三年生が全員俺に向かって

「行け!」

と叫んでいた。
それが何を指しているのかは考えなくても分かった。
言わずに終わろうと思っていた。苗字さんの中で俺はただの後輩なのだと自分に言い聞かせて、二年間過ごしてきた。
だけど今目の前で泣くこの人は、明日から俺と一緒にいられないのが寂しいと言ったのだ。今、言わなくてはいけない。

「苗字さん、聞いてください」
「なに?」

未だ泣き止まないその人の肩を掴んで視線を無理矢理自分へ向けさせる。
目を潤ませ、鼻まで赤くして俺をじっと見るこの人と明日から何の繋がりもなくなるなんて、やっぱり耐えられそうにない。

「俺、苗字さんのことが好きです。
卒業しても会いたいです。
俺の彼女になってください」

鈍いこの人の為に分かりやすく言ったのだが、ここまでストレートな告白をするのは初めてで、嫌でも顔が赤くなる。

「赤葦、それほんと?」
「こんな顔で嘘つくと思います?」
「思わない」

さっきまでの涙は何処へやら、真っ赤だね、なんて言いながら彼女は俺の顔を見てふふっと笑った。

「じゃあ、返事くださいよ」

格好悪い、返事を急かすなんて。
でも早く答えが欲しかった。
俺は今、この場で目の前の可愛いこの人を抱きしめる為の理由になる答えが欲しいんだ。

「彼女にしてください」

頬を赤く染めて今日一番の笑顔を向けられて、心臓が大きく跳ねた。
明日からも、これから先も、ずっと俺たちが会う理由ができたのだ。



(本日晴天、卒業日和)



しばらくして先輩たちに取り囲まれた。

おめでとう!やったな!なんて言いながら俺の頭をグシャグシャにして笑う先輩たち。
青空の下、花束と賞状筒を持って騒ぐこの人たちにもう一度大きな声で言おう。


「ご卒業、おめでとうございます」


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