エンドロールは流れない

三月。
今日三年生の先輩たちは卒業していく。一年生の俺はたった一年しか一緒にいることが出来なかったけど、やっぱり寂しいなと思う。

「赤葦」

声をかけてくれたのは卒業していく先輩の一人、マネージャーの苗字さんだった。

「卒業おめでとうございます」
「ありがとね」

先輩は二年生のマネージャーからもらったであろう花束を抱えて、目と鼻を赤くしてにっこりと笑った。年齢は二つしか変わらないはずなのに、一年生にとって三年生の先輩というのはとても大人に感じてしまう。目の前の先輩も、例外なくそのパターンで。いつも落ち着いていて、三年生の先輩たちだけでなく部員全員を献身的に支えていた。視野が広く、どんな些細な変化も見逃さない人だった。誰にでも分け隔てなく優しくする、マネージャーの鑑にような人。なのに、少しドジで人懐っこい、1年間通して俺がもったこの人の印象はこんなところだ。

「ちょっとしゃがんで?」
「え、あ、はい」

言われた通りに少し腰を落とすと小さな手が伸びてきて、わしゃわしゃと頭を撫でられる。

「頑張ってよ、副主将」

16にもなって誰かに頭を撫でられるなんて。しかも自分よりもずっと背の小さい女性に。その人は弟にするのと同じような感覚だったかもしれないが、俺は強烈なストレートをくらった気分だ。

「頑張ります」

平静を装って返事をするが、耳まで赤くなっていることは自分で分かる。

「赤葦なら大丈夫、私の見込みに間違いはない!」

二年生の先輩たちから聞いた話だが、副主将をどうするかという話になった時、一年生に副主将を任せるのは荷が重いだろうという議論があったらしい。当然だ。うちは全国に行くチームで、それなりに部員もいる。それを纏め上げるのが下級生というのは如何なものか。その議論の中で、俺を強く推したのが苗字さん、らしい。聞いただけなので本当かどうかは定かではない。
副主将になる、というのは正直かなり重圧だ。他の先輩たちにどう思われているのだろう、同輩たちとはどう接すればいいのだろう、毎日考える。だけど、この人に「大丈夫」と言われたら、本当に大丈夫な気がしてきたから不思議だ。

「頑張ります」
「木兎を宜しくね、まだまだ調子にムラがあるから」
「はい、分かってます」
「さすが赤葦!」

俺が見た中では今日一番の笑顔で俺の名を呼ぶ彼女の顔を忘れないように、網膜に焼き付ける。遠くから彼女の名を呼ぶ声がする。恐らく友人だろう。同じように花束を持って校門付近で立っているその人たちの声に導かれて彼女は俺に背を向けた。まだ言いたいことがある、そう思った瞬間言葉より先に身体が動いて彼女の腕を掴んだ。

「赤葦?」
「あの、お願いがあるんですけど」
「何?先輩に言ってみなさい!」

面倒見のいい先輩のことだから後輩のお願いなら聞いてくれる、分かっていてこんな言い方をする俺は狡い奴だと思う。だけどこうしないと聞いてくれない気がした。いや、本当は単純に自信がないだけだ。

「連絡先教えてください」
「え?いいけど、そんなこと?」
「連絡しますから」
「うん、いつでもしておいで」

きっとこの人にとって俺はどこまで行っても後輩なのだろう。それでもいいから何か繋がりを残しておきたい、そう思った。

「練習も試合も、見に来てください」
「うん、すぐ来るよ。春休み暇だし」

お互いに携帯を取り出し連絡先を交換する。電話帳に先輩の名前が入ったことを確認すると少しだけ頬が緩んだ。

「またね、赤葦!みんなを宜しく!」

ぶんぶんと大きく手を振って友人たちの元へ走っていく背中に小さく手を振った。ああ、畜生。こんな気持ちになるなら気付かないフリでもしとくんだった。



(エンドロールは流れない)


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